Monday, August 20, 2007

Sunday, August 19, 2007

SweetAndTender, paf

こちらに来て一週間。今日はやっとの休み。最初のプレゼンがかなり詰め込みでどっと疲れたけど、ともかくここに来ている皆はすごい素敵で、日本にいたら絶対に味わえない状況。ともかく皆率直に、自分の考えをどんどん喋る。僕も負けてらんないし、自分の考え方のリサーチをしたい。ディレクターのJはとても有名な人らしく、彼の経験を聞くのが面白いし、なによりすごい励まされる、ああこんな人がちゃんといるんだと。



Quake aid too little, too slow

Peru Earthquake, still miserable situation...


Quake aid too little, too slow


"On the third day after the massive 8.0 magnitude earthquake struck Wednesday, the official toll climbed to 540 from 510, and more than 1,600 injured."


"But the number of missing is still unknown, and lacking official figures, news media estimate the number of people affected by the quake at 200,000."




Saturday, August 18, 2007

Thursday, August 16, 2007

one dance/one video/one day

one dance/one video/one day

I am starting my personal small project "one dance/one video/one day". Paf is fascinating place to improvise, so I try to do very short dance every day and collect.

Wednesday, August 15, 2007

paf

after the long travel since last year (yes acutually i have been feeling that even i was in japan!!), finally i was coimng to paf in France, I think. Here is in the really countryside, very nice calm atmosphere in the small village, and........my great friends!!!!!! I am not sure I will find out a very concrete thing in this program, in one month, but I think (I hope) I will explore more about my generally most important theme, "how can we communicate others positively".


Parc de la Villete, I was staying one night in my friend's house near from there




goes to Paf

Saturday, August 11, 2007

Verb Tense Tutorial

英語を使い始めて、まず時間の扱い方にとまどった。日本の英語教育などでは曖昧だけど、実際の会話では近接的な未来は現在形をつかったりするし、is going toが「〜へいくことろ」なんてふうによく使われたり。

Verb Tense Tutorial

このページはなかなかチェックに便利。

Friday, August 10, 2007

バタバタと

公演が終るなり、疲労で目の前がぼんやりなったと思ったら、というか思うひまもなく、友人の引っ越しの手伝いをしたり、明日からはワークショップだし、月曜日にはフランスだし。しかもおとついは、どこで僕のことを知ったのか、遠い国の人が突然メールをくれて、ここ京都で会うことになったり、人生はともかく止まっていられない。

ありがとうございました

先週の公演「visible/invisible」、無事終了いたしました。
ご覧下さった方、本当に有り難うございました。
手探りで実現した非常に難しい作品、様々な方のフィードバックを受け、3日間、ダイナミックに変化していくことが出来ました。
今後もこのプロジェクトは続けていく予定ですので、今回見ることが出来なかった方もぜひ次の機会がございましたらお立ちより下さいませ。



Friday, July 27, 2007

あと一週間

本番まであと一週間。shin-biショップでは"visible/invisible"ポルトガル上演版のビデオを流してもらっています。

docuneに公開したレポート、2いいね、ダウンロード1で、166回見られたそうです。これはウェブサイトより効率よい。

2006-2007 ヨーロッパ視察を巡って (docune)

Saturday, July 21, 2007

レポートをドキュメント共有サイトにあげてみました

怒濤のように忙しく、息つく暇もないのですが、久しぶりにぼんやりGigazineを読んでいたら、ドキュメント共有サイトというのが出来たそうで、せっかくレポートをwebにあげているので、ここにもあげておきました。

みんなのドキュメント共有 docune

なんか2chの反応までここで共有されてて、"docune"という名前をけちょんけちょんにけなされてるのが面白かった。

Tuesday, July 17, 2007

森村さんのdvdに、僕の姿が出ているようです。

今日久しぶりにmedia shopにいったら、森村さんのdvdが置いてまして、2004年に僕が出演した際のパフォーマンス「何者かへのレクイエム」が収録されているようです。予告編をウェブサイトでちらっと見ましたが(殆ど僕だと分かりませんが)、一応映ってました。

Yasumasa Morimura : different kind of stages

このUferさんではDV8の「The Cost of Living」も扱っているようです。
日本で販売しているとは知りませんでした。色々な意味で良い評価・悪い評価ともに耳に入ってきますが、とりあえず見ておいて損のない作品です。
コスト・オブ・リビング DV8フィジカル・シアター

Sunday, July 15, 2007

dance+さんが"visible/invisible"Previewを書いて下さいました

ウェブマガジンdance+さんが"visible/invisible"の紹介記事を書いて下さいました。

【preview】 藤田一『visible/invisible』8月3、4、5日@shin-bi

ここから引用---
 『見えるもの/見えないもの』。こんなタイトルの作品が、来る8月3、4、5日に shin-bi で発表される。さまざまな文化がクロス・オーバーし、アーティストの重要なワークスペースとなっているこのギャラリーでは、これまでにも若手の舞踊家が、劇場ではなかなか実現できない実験に取り組んできた。この5月/6月にポルトガルでの滞在制作と初演を経てヴァージョンアップされたこのパフォーマンス作品も、野心的な挑戦の一つとなる。
ここまで------

古後さんどうも有り難う。

Wednesday, July 11, 2007

脳内メーカー

脳内メーカー



つまり僕はいつもパーティーなわけだな。

Saturday, July 07, 2007

藤田一「踊らない」ダンスワークショップ "クリエイティヴプロセス"



 ダンスってどう作ればいいんだろう?
 コンテンポラリーダンスの現場でしばしば見られるのはインプロをして面白い運動やシーンを見つけていったり。あるいはバレエやジャズといった既存のジャンル・方式や、自分の以前の作品で使ったフレーズ・シーンを組み合わせていったり。けれどもそれから先は?
 ここでは、集まった参加者によるディスカッション形式でワークショップを行います。ディスカッションでは、どんな作品でも不可欠な、観客とのコミュニケーションの仕方を丁寧に検討していきます。作品のコンセプトをどう設定し、またそれをどう実現していくのか。さらに実際に作り上げたピースの持つイメージがどのような記号性(社会における意味との接続)を持ち、観客にどのような効果を与えることが出来るのか。
 このようにして、このワークショップでは、多角的な視点から作品を捉え、より作品に深み/厚みを加えていく方法を学ぶことを目指します。

藤田一プロフィール:
 1982年横浜生まれ。ダンスメーカー・アーティスト/ダンサー。18才より創作を始め、これまで京都、大阪、東京、横浜、ポルト(ポルトガル)などで自身の作品を発表。既存の形式にとらわれない独特な運動による繊細で詩的な振付・演出が定評。また同時に、創作を通じて、作品が社会に何を提示しうるか、常に深く知的な探索を続けている。前作"parole"(2006)では、コンタクトインプロヴィゼーションの技法を手掛かりに、二人のダンサーが互いを気遣う微小な運動の提示を試みた。
 近年はヨーロッパにも活動の幅を広げている。2006年にはスカラーシップ生、"danceWEB"に選出され、EUなどの支援を受け、オーストリア、ウィーンにて一ヶ月間の集中プログラムに参加。さらに同年、Asia Europe Foundation主催の国際クリエイションプログラム、"Pointe to Point"(ポーランド、ワルサワ)にも選ばれ、2週間のクリエイティブプロセスに参加するとともに、当地での修作公演に参加。
 また、最新作"visible/invisible"を8月4日から6日まで京都shin-biにて上演予定。
>>>ウェブサイト http://hajifuji.ciao.jp/

参加対象:
ダンスアーティスト、ダンサー、振付家、その他ヴィジュアルアーティストなど、ダンス作品の創作(あるいはそのプロセス)に興味のある方
※当日ディスカッションの題材となる、現在創作中であったり過去の作品の資料、また自分の好きなアーティストの作品などをぜひお持ち下さい。ラップトップを用意しますので、CD、DVD再生できます。

日時:
2007年 8月 11日(土)19:00〜 12日(日)19:30〜 (2時間程度を予定)
基本的に通し受講を想定しますが、一日のみでもご参加頂けます。

参加人数:
10名まで
当日飛び込みも可能ですが、予定人数を超えた場合は予約された方を優先させて頂きます。

料金:
1回500円、通し800円
飲食代は含まれていません。別途ドリンクの注文をお願い致します。会場では軽食(自家製パンがおいしい!)も食べれます。

会場:
Cafe yugue
京都市左京区下鴨松原町4-5 tel 075-723-4707
[アクセス]京都駅又は四条河原町から市バス205系統「新葵橋」より徒歩1分

ご予約:
hajime.fujita.ticket@gmail.com(hajime)
075-723-4707(yugue)

Thursday, July 05, 2007

ウェブサイト更新

昨日今日とせっせと作業しました。

1. visible/invisble web site
写真、プレスリリースのページなどを追加。

2. ポルトガルで踊ったヴィデオ「hajime fujita in Ananil」のショートバージョン配信開始
日本語 日本語(FireFox用)
英語 英語(FireFox用)
※おそらくdivxプレーヤーのバグで、FireFoxでは表示が乱れるため、別ページを設けました。



3. レポート類もリンクを貼りました。
日本語 英語

必要に迫られてJavaScriptも少し齧りました…。学生の頃を思い出す。

Sunday, July 01, 2007

京都は蒸し暑い

地獄のフライトを乗り越えてParisから京都へ。Parisでは初めて飛行機を乗り過ごし、てんやわんや。
早速新作に向けて仕事をしなくては。

danceBOX、今後続く様な続かない様な。

DANCEBOX近未来計画 -ダンスボックスの現状と今後-

場所が変わっても、とにかく同じ機会を提供しつづけていってほしいものです。

---以下転送
ダンスボックス関連告知
“Art Theater dB” Final day 「Art Theater dBお別れ会」
2007年7月31日(火)13時〜23時

2002年10月にオープンして以来4年10ヶ月。関西をはじめとする国内外の数多くのアーティストが豊かな表現を生み出し続け、そして沢山のお客様に愛されたArt Theater dBが7月31日をもって閉館します。
その最後の日を、皆様にゆっくりお過ごしいただきたく、お昼から夜まで開場致しますので、ご都合のつく時間にご来場いただき、さまざまな思い出をめぐらせてください。
飲食物、ダンス、音楽等、なんでも持ち込みOKです。カフェも営業します。
DANCE BOX 11年目のまた新たな旅立ちです。
---

Wednesday, June 27, 2007

世の中にはこういう人がちゃんといるんだと

今日Portoを離れParisに。
友人の家にいたTVゲームしてるお兄ちゃんに仕事何してるの?って聞いたら、これはなかなか大変な仕事。

White Orchid

---これはwebサイトから。ideaに同意(agree)できる。
We do not believe charities, as they are, should exist.
“The road to hell is paved with good intentions’
Look at the world today, how many people have good intentions and yet stand idly bye and accept the injustices that exist.
Today, we are but a small organisation, but tomorrow we will make this world a home.
All of these reasons and many more, are why we exists.
---

Tuesday, June 26, 2007

今日でportoも最後

今日でPortoも最後。悲しいし、不思議。こんなにも離れている日本とポルトガル…。
本当に集中した2ヶ月間で、最終日の今日まで仕事。ウェブサイトを手直しし、エスパニョールの友達にDVDを送り、ディナーでDanielと話すので、今は書類を準備…。

僕にとってこの作品は色んな意味でチャレンジであるけれども、その中に、短期間で一つの目標に向かって作業を行い作品を仕上げるというのがある。前回のparoleの創作期間は少なくとも10ヶ月。仕事をしながらゆっくりつくっていた。でも、仕事となればそうそう時間もかけれない。もちろん始めから上手くいくわけではないけれども、まずはこの一歩を逃げずに、しっかりと足を踏ん張って進めたい。

Sunday, June 24, 2007

鷲田さん、「待つ」ということ

ポルトガル滞在中に読んだ本。ベケットの「ゴドーを待ちながら」を引くところが面白かった。

シラクもブレアもいなくなり…

気付けばあっという間に時代はかわっていくんだなぁ…。

ブラウン氏が英労働党党首に 27日に新政権

Saturday, June 23, 2007

ananilフェスティバルの写真

ananilでやった時の写真がmyspaceの場所に出てた。

http://www.myspace.com/ananil


これは友達がとってくれた写真。555の公演の時チラシに使いました。

Friday, June 22, 2007

visible/invisibleウェブサイト仮公開

やっとストラクチャーが出来ました…。この二日間でcssの基礎がしっかり学べました。

hajime fujita new work : "visible / invisible"

Thursday, June 21, 2007

最近ちょっと気持ちの悪いニュース多いなぁ

ここのところ日本のニュースをみてると何か嘘ついてたのバレたみたいな話ばかり。というか、ここしばらく日本では、嘘ついてる人がいないみたいな感覚というか、すごい世の中清潔にくるまれている幻想があまりにも多くの人に共有されているように感じる。いつだって嘘つきはいて、ああ当然これは嘘だな、とある程度分かっているというか、そういう微妙な心構えがある程度の人に共有されている世の中の方がずっと健康的であるように思う。

グッドウィルの天引き「違法」 厚労省、調査・指導へ

ここではないが、某有名派遣(いわゆる日雇い)の登録会に4,5年前一度行ってみたことがあって、手数料をとられるのがおかしいと思って(だってとられたら日給ぜんぜん悪い)、「すいません、僕は登録しません。帰ります。」といったら睨まれて、「資料はもらっていっていいですか?」と聞いたら当然の様な態度で「だめです。」とひったくられたことがあった。ふと思い出した。

Monday, June 11, 2007

2006-2007ヨーロッパ視察レポートhtml版

ほぼできました。
http://hajifuji.ciao.jp/travelreport/page1.html

後日少しずつデザイン手直しをして、トップページよりリンクを貼ります。

Sunday, June 03, 2007

visible/invisible ANANIL version

昨日はオーガニゼーションがむちゃくちゃで発狂しそうになっていたら、スペイン人のAndreoが「僕がトランペット吹くから一緒にやろう!」といってくれて、死にそうになるギリギリのところでなんとか即興作品「f/f」を踊る。お客さんよろこんでた。初見の人ばかりの状況だったので、intensive、physicalな形で。分からなくなったらAndreoを待ったり、彼が追ってきてくれたり、とてもいいコラボレーションだった。でも精神的にきた…。
そして今日はフェスティバル2日目。f/fは、ポルトガル人のInakiのインスタレーションと音楽とのセッション。川沿いで。「オープンエンドです。気楽に。」と説明してくれとInakiに頼んだけど、僕もあまり上手に雰囲気をつくれず、ちょっとちぐはぐになってしまった。
Inakiもなれてないようで、あまり動きとつながってこない。
それから夜に、新作visible/invisibleのためのexperimentation。昔の馬小屋の小さな建物の中に、ラップトップを置いて、日本の風景の映像をループさせ、その横にたって、紙に英語で文章を書いては見せ、書いては見せの繰り返し。文章は即興で、来週使うものよりずっと直接的になった。やっぱりフェスティバルで、最初は殆どみんな訳が分からなくてすぐ出て行ってしまったり(「Wow, philosophical...」とつぶやいて嫌悪の顔を浮かべて離れていったり)、酔っぱらいが絡んできたり(「It's ok, it's ok. We are friends!」とか酔っぱらい4人にはぐされたり。)したけれども、途中から一人の女性にtouchできたようで、彼女の周りに少しずつ人が集まり始める。12,3人ぐらいが、(それまでは皆外から覗き込んでいたのだけれど)中に座り込んでこっちを見てくれていた。全部終ったら、「途中からだったから、もう一回やってほしい。」と皆がいってくれて、書いた文章を一枚一枚めくる。This time really worked! 今回の作品は自分にとってはとても挑戦だから、来週のperformanceに向けて凄い不安だったけど、(ものすごい感動ではなくとも)ちゃんと言いたいことが伝わったことがとても嬉しかった。やっと少し自信が出てきた!
これはこれで、ANANIL versionとして、記念に書いたテキストをメモがわりに。
"Questions"
"What can we see?"
"What could be seen there?"
"You are seeing me now."
"But,"
"who am I?"
"I am JAPANESE."
"I am only one Japanese here."
"What is this mean?"<- actually, wrong English :P
"I am I."
"But, I am JAPANESE."
"Which is CORRECT?"
"I am the Asian, Yellow Monkey, wearing European clothes, dancer, travelling"
"And you are"
"European" -> "What is this meaning?"
"Who are you?"
"Who are you?"
"How people can identify you?"
"How?"
"Why US attacked Iraqi?"
"US" "Iraqi" -> "What does this mean?"
"Who are you/am I?"
"You are European you. / I am Japanese I."
"Do you get what I mean?"
"Muito Obrigado."

Wednesday, May 30, 2007

仕事…

貧乏暇なしというか。嬉しい半分、基本ぐうたらなので忙しいすぎるのもあれで。
毎日スタジオ行って街を歩いて撮影して編集して…。
友人はベルリンで日本人の若い建築家にあって、彼にとって一番大事なものが仕事だと聞いてconfusingになったとか…。
ポルトガル人はしっかり遊ぶ。
そして食事に対するリスペクトが凄い!!
街を歩いていても、誰一人として買い食いしていない!!
これだけユーロが高くなった今、ヨーロッパはチャンスよりリスクが大きい。
あれだけ安い、上手いと思ってたビールも早々買えない。
でもヨーロッパのこの大きさ→大らかさの方が、触れてて刺激になる。
明日から少し南の街へ。フェスティバルでのインプロ。遊んでこよー。

ベルギーで頑張っている日本人の友達のブログを久々に見たらイスラエル/パレスチナで仕事にいっていたそうで、興味深かった。
いつか僕もいかなければならないんだろうな。
One Step At A Time

Friday, May 18, 2007

今日はパフォーマンス

今日はMaus Habitosでパフォーマンス。先週Maus Habitosでフェスティバルの作品を見に行ってふらふらしてたらGuiにつかまって、展示されているインスタレーションを使って何かやらないかといわれ、来るのは拒まずすぐにyesと答え、一週間突貫で色々考えてきた。やっぱり時間をかけていないものだから、迫力はないだろうけど、見ている人に瞬間何か引っかかるものがあればいいなぁ。

MiguelのWSは連日ディスカッションで楽しい。別にPresentationとかいらないのになぁと正直思う。実際僕は出るかどうかまだ決めかねている。また、いくつかのエクササイズを受けながら、岩下徹さんのクラスを思い出した。以前Guiと作業をしていた時にも思ったけど、岩下さんをポルトガルに呼んだら、こちらの若いダンサー/アーティストにはとてもいい刺激になるんじゃないだろうか。

Wednesday, May 16, 2007

Miguel's workshop

Guiが以前ならったことがあるというMiguelという人のws。彼のピースも見たけど、とても繊細な視線を持っていてとても面白い。ポルトガルの人はすごい温かくて、みんな気にして英語をたくさん使ってくれる。フランス人とは大きな違い。すごいリラックスして、僕もいろいろ発言する。
こちらの生活、だいぶなれた。日本にいるとアーティストなんてまるで存在していることさえ邪魔なように扱われることだって時にあるのに、まるで丁重にもてなしてくれて、本当に幸い。こちらについてから食事をごちそうしてもらったりばっかり。
555は以前よりもずっとリハーサルがしやすくなっていて、作業には万全。合鍵を作ってくれたので、いつでも使える。日本では考えられない。どうしても寂しくなるときはあるけど、これだけ集中できる状況があるんだったら、日本にこもっていたらもったいない。
とはいえ、作品"visible/invisible"は完全にこれまでと違う考え方をいれてやろうとしているので難航。とにかくヴィデオを作ったり体を動かしてみたり、あれやこれやと試行錯誤。少しずつ見つかってきた気はするけど、なかなか大変。

=Portoでのperformanceの予定=
18th May:improvisation at Maus Habitos
1st and 2nd June:improvasation on the outdoor place in the festival
8th or 9th June:"visible/invisible" first trial performance at Maus Habitos

Sunday, May 13, 2007

出国の道のり

Portugalに来て一週間が立ちました。

・出国の道のり
7/5/2007 朝まで徹夜で荷造りとレポートの宛名書きをして、5時amになったらきっかりタクシーが家の前。まだ収納出来てないstuffを引っ掻き集めて乗る。京都駅からバスで関空まで。うとうと、フラフラ。ぼんやりしていて、手荷物に友人にお土産で買った刀のナイフを入れたままにしてて、即没収。Korean Air->Seoul。Seoulでは空港のスタッフが理解出来ない程に態度が悪く(一言も喋らない)、ぶち切れそうになるが、こんなとこで暴れて捕まっても始まらないので、必死に気持ちを抑える。刀の代わりにchopsticksの安いのを買おうと思ったけど、売店高すぎでやめる。2時間程の待ち時間。Korean Air->Paris。乗ってすぐにアナウンスで「We wait .... one hour...」聞こえ、え?と思う。隣の韓国人のおじさんは英語喋れないので、アテンダントに聞いたら、1時間半くらいトラブルで待たねばならないといわれる。ゲンナリ。英語で中国の領空がなんたらかんたらと言っている。8/5/2007 もともとの到着時間が18:30くらいで、遅れてついたら20時。荷物pick upして両替して(ついた時点で10euroしかなかった…。CDGのAmexはT/Cの両替comissionをとらなかった。Marci boccoup!)、もう20時半くらい。RoissyバスでOperaへ。空港のバス停では南フランスっぽい、ちょっと肌の黒っぽいスラっとしたお姉さんにフランス語で話しかけられたので、「Sorry I can't speack French.」と言ったら「Oh la la, I speak French really well.」と気の効いたjoke。でも疲れてて笑えず、少し引きつる。Operaについて、予約したhostelは前回もとまったことがあるので、まあ歩けば道のり思い出すだろうとフラフラ歩き始めるが、案の定迷う。赤いファザードのcafeがあったようなぁ…とか考えてたらそこらじゅう赤いファザードのcafeだらけで分からない。裏道で地図を見ようとベンチに荷物をおいて見ていたら、カップルに「Do you need a help?」と声をかけられる。聞いたら歩いていた道をずーっとまっすぐに行けばいいとのこと。少なくとも30kgはある荷物を抱えながらえっちらおっちら。最後のきつい坂道で本当にヘトヘト。hostelについたらもう22時すぎ。3階の部屋まで何とかたどり着いて、しばしベッドに倒れ込み放心。しかし翌日のバスの時間も分かってないので、頑張って起き上がり、インターネットでボヴェ空港のサイトをcheck。案の定6:35amと出る。スタッフに行き方を聴き、目覚ましをセットして、即、爆睡。5:00am起床。荷物をまとめてMetroへ。hostelの玄関でドアの開け方が分からず一瞬うろたえる。ヨーロッパ式の、ボタンを押したら解錠するやつだった。しばらくぶりでそんなイメージがすぐ湧かない。朝5時のParisは人気がなく、公園の前では男性同士のカップルがオーラルセックスをしていた。Port Maillotの駐車場(バス停)についたら、何とチケット売り場が出来てる!以前は何もなく、それこそ団体旅行客のようにバスに押し込まれ、そこでチケットを買っていた。ボヴェまで1時間ほど。朝焼けがきれいでビデオにおさめる。Ryan Airはケチで、荷物は15kgまで。backpackは超過6kgで、しょうがないので紙袋に6kg分取り出す。早く着いて前の方に並んでいたのに、荷物出すなら一旦列から出てなどとスタッフにグチグチいわれ、また並び直し。Passport checkが厳しくなってて、格好が怪しいのか、パスポートを凄い丁寧に調べられる。偽造かと最初疑っていたみたい(写真と人相が全然違う)。ヒヤヒヤ。Ryan Airは全席自由席なので、窓側にすわりたいなーと、登場のアナウンスが始まったらすぐ並んだのに、フランス人は皆当たり前のように横入りしてきて、結局最後の方に乗ることに。左側に座っていたおじさんが、着陸の少し前にビスケットをくれた。本当に久しぶりに「Obrigado.」と言う。ParisとPortoの間には1時間の時差がある。9:40ごろ出て、ついたら10:40くらいだから、大体2時間のフライト。空港からMetroにのって、Trindadeまで。30分程。福岡みたいにPortoは空港まで便利。バタバタしていて連絡がしっかりとれていなかったので、着いてGuiに電話しようと、公衆電話はないかなーとうろうろしていたら、首根っこをつかまれる。ほぼ半年ぶりにGuiと再会。hug, hug, hug, kiss, kiss, kiss。Guiはなんと毎朝gymにいっているとかで、以前より身体がしまっている。家に着いたら、今回は一部屋貸してくれるという。本当に有り難い!! さっそくテーブルに電子機器(HD、DVD writer、カメラ、Mac)を敷き詰めたら、「You have a office!」と笑われる。Guiがlunchをつくってくれて、これも久しぶりのPortugess foods!おいしかった。それから555にいって、Tintinとも会い、Guiのリハーサルを少し見て、そそくさと家に帰り、倒れるように寝る。16時くらいに寝始めて、一端早朝3時頃目が覚めたものの、結局昼12時くらいまで寝る。

Monday, April 09, 2007

ようやくレポートが終りそう

ようやくレポートが終りそう。長い長い2ヶ月間の執筆。もう一息。日本に帰ってきたというのに何処にも遊びにも行けず、歯医者にもいけず、ずっと書いてきた。

昨日お店でドイツ語を久々に聞いた。"Genau."とか聞くと、なんか英語以上にホッとする。

それから、富山から度々来られてる常連のご夫婦と長話をした。毎回聞かされる息子さんの旅の話と、トルコの話、旦那さんが知り合った有名人の写真をえんえんと見せられたり。
他のお客さんの相手をしていて、お二人で話されているのを盗み聞きしていると、言い合っていたり笑い合っていたり目まぐるしく雰囲気が変わっていく。「夫婦なんて愛情じゃないのよ、縁よ」という言葉は、こういう人たちに言われると俄然と説得力を持つ。
慎太郎が勝った話から、言葉が一人歩きしてしまう話にいたり、ついつい僕も熱くなる。森達也の「A」のことを喋っていたら、「国家権力も怖いが、新聞社の社会部はもっと怖い。」と言われる。

Friday, March 30, 2007

my performance will be shown in Portugal on May(or June)

Porto、Maus HabitosのDanielから手紙がきて、やらせてもらえるとのこと。昨年からの旅で知った素晴らしい人の一人。涙涙。

そのMaus Habitosの英語のdocumentationにこんな文章が…

To take action and make things happen
We prefer the Portugal of Fernando Pessoa – ‘Oh, immense sorrow of the world, what is lacking is action’ to Ruy Belo’s – ‘a country where nothing ever happens.’ Therefore our project is as follows – to take action, to do things, to make things happen. At a local level and also at a national and at an international level. This is what we were born for and this is what we want to live for.

日本にもこんな場所がもっともっとあったらな。

Wednesday, March 28, 2007

log-osaka原稿あがりました

log-osaka原稿あがりました。
kさんご迷惑おかけ致しました。ありがとうございます。

Friday, March 23, 2007

久々の休暇

のんびりしつつ少しずつレポート書く。
二人の人からのメールに、どちらとも「ゆるゆると」と書かれていた。流行っているのかしら?

昨日Chuplinの"Great Dictator"を観た。僕の持っているdvdは2枚組で10本Chuplinの映画が入っていてお得だが、日本語字幕がない。英語の勉強にもなる。
最後にヒッコリーと入れ替わったChuplinが「私はJewishも白人も黒人も皆平等に暮らせる社会を」云々と叫んでいる姿、またそれに答えて拍手喝采を続ける民衆の映像の入れ方は、言葉で「良いこと」を説明しても結局根本的に「独裁者」の在り方と何ら変わり得ない悲しさを思わせた。人がお互いの心と心を通わして話すようにはどうしたら出来るのだろう?
あとはやっぱりあの人振付家としても俳優としても単純に凄いなー。"Modern Times"だったかで大きな声で歌を歌い上げているシーンは凄い印象的だった。

Wednesday, March 21, 2007

log-osakaの原稿やっと終わる

バイトが忙しくて時間が取れず、スパゲティをほどくのに時間がかかってしまった。
ともあれ、log-osakaの記事への執筆やっと終る。結局今日入れた分は校正が間に合わず来週アップとのこと。
クロスレヴューとはいえ、もともと物書きのkさんの文章に比べたら自分の文章の力のなさといったら…。
これで、やっとレポートにとりかかれる…。今月中に終らせねば。

Monday, March 19, 2007

Sunday, March 18, 2007

Secound Life

2005年にMarten SpangbargのCoaching Projectを受けたとき、最後にSecond Lifeの中でダンスをつくって、彼が「Fuck'ing theater! Fucking Museum!」といって締めた。

YouTube: My Secound Life

Saturday, March 17, 2007

猫と暮らす

猫の世話をするという条件でしばらく友人の家を間借り。猫の名前すら知らせずとっとと彼は仕事(海外)に行ってしまった。
このマンションの周りにはコンビニだって15分くらい歩かねばないし、大きなスーパーだってない。夜早くに電車は止まってしまうから、仕事終わりに送ってもらわなければならない。
でもこの不便さは、ヨーロッパにいる時の感覚に近くて心地いい。べつに買えなかったり出来なかったりしたら、それはそれであきらめられる。むしろ何でもすぐに出来るものだという強迫観念にいつもまとわりつかれている様な、日本の都市生活の方が少し疲れる様な気がする。出来ることが多すぎると、出来ないことに弱くなる。

Monday, March 12, 2007

考えたこと色々

喫茶店に行ってばかりだとお金がなくなってしまうので、ショッピングモールの机に腰掛けてレポート執筆。子供が親とはぐれてうろうろしているのを見る。
子供にとって他者は全て彼・彼女の親だけであり、具体性だけに満たされていて、成長することによってそれが抽象性を獲得していくのだということを、改めて見る。子供たちの価値観は親との交換関係によって全て成立しているのだ。いわば彼・彼女にとっては世界が成立する柱、或は拠り所である。だから、親の存在を見失うことで極めて不安になるのだ。

---

朝ひさしぶりに東海道線にのって(山科→京都)、人ごみにまぎれて、じゃあどうしたら自分が今世の中で不安や疑問を感じているかを伝えていこうかと、ぼんやりする。複雑な世界を出来るだけ単純化して理解しようとすることは人が生きる知恵であり、長いことかけて育まれてきた方法である。でも、その単純化で捨てられてしまったたくさんのもの・ことが、せめて、あるのだ、ということだけでも知っておいた方がいい。ということを、単純化されたもの・ことに何の疑いもなく生きている人に伝えるには?そういう人がたくさんであることも分かる。
少なくとも「これが凄いんだ!」とか叩き付けているようではだめだろうと思う。

Sunday, March 11, 2007

レポートおくれてます

遅れていますが、書いてます。目次こんな感じです。

---
前書き

danceWEB Europe 2006 Austria Wien
*danceWEB Europe 2006プログラム概要
 ワークショップ及びリサーチプロジェクト/パフォーマンス鑑賞/グループワーク
*参加を通じての感想・意見
 ワークショップ及びリサーチプロジェクトについて/パフォーマンスについて

Angers 滞在 France Angers
*滞在の概要/CNDCの基本情報
*CNDCでの授業について
*Angers滞在の感想

Sweet and Tender 1&2 及び新作のためのリサーチ Portugal Porto
*Sweet and Tender 1&2
*新作のためのリサーチ
*Porto滞在の感想

Brussels滞在/Amsterdam 滞在 Belgie Brussels/The Netherlands Amsterdam
*Brussels滞在
 ワークショップ受講/パフォーマンス鑑賞
*Amsterdam滞在
 Amsterdamse Hogeschool voor de Kunsten Theaterschool見学/
 ワークショップ受講・パフォーマンス鑑賞

Pointe to Point 4th Asea-Europe Dance Forum Poland Warsaw
*Pointe to Pointプログラム概要
*参加を通じての感想・意見

Wien 滞在(ドイツ語学習) Austria Wien
*ドイツ語学習
*イニャーキ・アズピラーガ ワークショップ受講
*Wien滞在の感想

David Zambrano WS参加 / CCN Montpellier見学 France Angers/Montpellier
*ワークショップ概要
*参加を通じて-舞踊のフィジカリティ-
*CCN見学について

まとめ
*視覚的圧倒性を超えて
*これからの日本のダンスシーンに求めること

後書き

参考資料
---

冒頭の文章
---
このレポートを書く/まとめるにあたっては、ただ旅を終えて今思っていることを記すだけではなく、そこで何をし、どんなことを考え思っていたのか、そうしたことを出来るだけ網羅したいと考えました。それは、自己完結的な文章によって自分の体験を評価するだけでなく、私のレポートを通して、ヨーロッパや日本のダンスシーンにおける具体的な状況、そこにいる人々の姿や、私のような若いアーティストの思考のあり方など、より多くのことが伝わればと考えたからです。
---

サヴァイバル

まだ行ったことのない友人の家に仕事終わりに泊まりに。場所が分からないで、ひどい雨の中1時間程さまよい、もうこれはだめか、朝まで待つかと団地の建物に入って一息。もう少し探してみようとそこを出る手前、試しにネットにつながらないかとMacをあけたらなんとつながる。GoogleMapsでことなきを得る。Europeではこういうこと何度か会ったけど、ついに日本でまで…。

Thursday, March 08, 2007

Pointe to Point:An article on the magazine


舞踏ダンサーみたい。

Friday, March 02, 2007

ymo再生のライヴ映像

しばらく聴いてなかったymoの再生の時(1993)のライヴ映像をみる。
使われているvjの映像とか、自分の中でまだ相対化出来ていない90年代の何かをぼんやり感じる。

Introduction/Be A Superman

Pocketful of Rainbows

おじさん3人で歌謡曲のパロディやっちゃうとか、カラオケであるところばらしちゃうとか、ymoの批評精神って今更に勉強になる。逸り返ることでいろいろなものが見えてくる。

Monday, February 26, 2007

風邪

無理をしてあれやこれやこなしていたら、案の定風邪で崩れる。
今日は一日休み。
前の職場から連絡があり、来月から無事復帰できるとのこと。感謝。
真面目に働いておいて良かった。
お金を貯めて、なんとか5月にリサーチとパフォーマンスを
ポルトガルでやりたい。若いうちは頑張らな。

Saturday, February 24, 2007

森達也「A2」ほか

森達也「A2」を見る。「A」を見たことで、僕のマスメディアに対しての触れ方は大きく変わってしまった。「A2」でも、なんとも言い切れない風景が続く。正直あまり人ごとに思えない。日本に於いて現代美術が「外部」にある限り、僕の立場がオウム信者といつ同じようになるか分からない。ウィーンでのルームメイトとのトラブルが否応なく思い返される。そこにいるその人と向き合うのでなく、自己のなかにある仮定(この文脈からすれば既定であるが)としての彼・彼女しか認識しようとしない。それ以外は排除する。それは自己の論理でこの世界を規定することであり、他者とともに生きる社会のありかた(それは人が生きる必然でもある)を完全に否定していて、袋小路に入ってしまっている。かつての同級生である記者と信者がそれぞれの立場から相手を非難する場面は、象徴的であり、やりきれない悲しさを運んでくる。

その他、舞踊関係の資料も見る。ダニエル・シュミットが撮った大野一雄さんのフィルムは、残された大野さんの記録映像の中ではやっぱり最高傑作だと思う(全部みたわけでないけど)。それから、Judson関係のカニングハム、イヴォンヌレイナー、トリシャなどのインタヴュー、やっぱり面白い。今この辺のポストモダンダンス周辺と、ヴェラモンテーロやマチルダ・モニエ、ザビエール・ルロワなどのフランス文化圏に一番興味がある。現在の現代舞踊のルーツはちゃんと探っておかないと、どっかで足下をすくわれる。

Thursday, February 22, 2007

古屋誠一 Memories, 1978-1985

古屋誠一さんの"Memories, 1978-1985"が図書館にあり、見る/読む。人の一生、人の生き方、今の自分の辛い状況も相まって、言葉にならない思いが浮かぶ

Wednesday, February 21, 2007

大変だけど少しずつ

今年のプロジェクトに向けて打ち合わせ。大変だけど、少しずつ進む。

Tuesday, February 20, 2007

homeless

まだ旅はずっと続いていくような感じ。
大変だけど、こんな経験今しか出来ない。

CouchSurfingから立て続けにメールが入る。Surfingのリクエスト。
人と人とのつながりが実際に生きてくるような、そういうコミュニティが立ち上がる瞬間に、僕も手助けを出来たら嬉しい。

Saturday, February 17, 2007

ポンティ「問い掛けと直観」抜き書きメモ

図書館にてレポート執筆の傍ら中山元先生編訳の「メルロ=ポンティコレクション」を読む。「問い掛けと直観」(見えるものと見えないものより)から幾つか抜き書き(それぞれのパラグラフに接続性はなし)。
---
本質とは存在や世界のありかたやスタイルにすぎないし、「存在」(Sein)そのものではなく、「このようにあること」(Sosein)にすぎない。

しかし本質的でないものを排除した後に残っているものは、ここで考えている「存在」に必然的に所属するものなのだろうか。私がこの問いに「イエス」と答えるためには、私は自分の<場>の上空を飛行し、この<場>を取り囲み、沈殿している全ての思考を、そして何よりも私の時間と身体を宙づりにするか、少なくとも再活性化する必要があるだろう。これは事実として不可能であるだけでなく、私にとって世界と存在の厚みを作っている一貫性が奪われることになってしまう。そしてこの一貫性なしには、本質とは主観性の狂気であり、傲慢さにすぎないものになってしまう。だから本質的でないものが私に存在する。

というのは、可視的で現前するものは時間と空間の内部にあるのではなく、もちろんその外部にあるのでもない。この可視生に対抗することができるのは、その前にも、その後にも、その周囲にもないからである。しかしそれは単独ではなく、それで全てでもない。それは私の視線をふさぐ。時間と空間がその彼方にまで広がっていると同時に、その背後にあり、奥行きとして隠れているということである。このように可視的なものは私を満たし、私を<占める>が、それが可能であるのは、見ている私が、無の背景の上にそれを見るのではなく、それ自体の場において見ているからである。それを見るものである私そのものも<見えるもの>である。それぞれの色、それぞれの音、それぞれの手触りの肌理、現在と世界の重さ、厚み、<肉>が生まれるのは、それを感受するものが、ある種の<巻き込み>や<二重化>によって、それらのもののうちから自分が生まれると感じるからであり、自分がそれらと必然的に同じ質で出来ていると感じるからである。

人間は不透明な事実と清澄な理念の中間において生き、認識するものではない。事実の<族>がその一般性、その親近性を書き込み、私たちに固有の経験の次元と場の周囲に集まるその場所に置いて、相互に重なり合い、交差する場所に置いて、人は行き、認識するのである。このなまの実存と本質の場は、神秘的なものではない。人間はこの場の外に出ることはないし、これ以外の場を持たないのである。事実と本質はいずれも抽象されたものだ。

Tuesday, February 13, 2007

7ヶ月という時間

帰ってきて思った以上に自分が変わっているということに愕然とし、なんだか突然何も出来なくなってしまう。ぼんやりとして、てがつけられず、一日無為に過ごす。ゆっくりと、7ヶ月という時間、それが拡げた(現在の)僕と、(僕にとっての)世界の差が埋まっていくのを待たなければならない。
こういう時、友人の言葉が、いつでも暖かい。

少しずつ、やらねばならないこと、やりたいことに手をつけていく。

Sunday, February 11, 2007

京都に無事帰ってきました

Parisでの騒々しい夜を超えて、CDG->Seoul Inchon->Osaka KIXと昨日無事帰ってきました。 しばらく休みます。

Tuesday, February 06, 2007

Jerome Belの授業

PedagodicのmanagerにすがりまくってJeromeに話を通してもらい、何とかCCNの(学校としての)肝である授業の見学をさせてもらう。
授業は9割英語。全然分かる。今日は学生がそれぞれの記憶を基にパフォーマンスと観客の関係について即興的にプレゼンテーションを行っていき、それについてJeromeが中心になってdiscussionをやる。その繰り返し。Jeromeはきになったところをがんがんいうし、学生にはとてもいい刺激だ。しかし友達に聞いてた通り、Jeromeの態度は最悪だ。
彼はTheaterが本当に好きだそうで、お金持ちになったら自分は作るのなんかやめて、ただ世界中の劇場のプレミアを見て回りたいそう。けれども、彼の観客にいかにコネクトするかという(彼が言っていたとおり、今ここへの)視線は、ただそれとしてPerformerとspectatorsを分け隔てるsystemを肯定しているわけで、Show Must Go Onについて、あるいはその他の彼の作品について、観客と同じものを舞台上にあげたい、という彼の考えはその時点で矛盾している。
けれどもいずれにせよ、well knownなArtistと直接にふれあい、意見を交換することは、若いアーティストにとっていい勉強になる。彼に導かれていく(授業に於いての思考の)道のりそれ自体は間違っていたとしても、その道のりのなかで様々なものに出会うことができるのは事実だからだ。だから、いずれにせよ学生が積極的に発言し、Jeromeも彼なりに真面目に答えていることは素晴らしい。

しかしCCNはすごい。ここにはMathilde MonierとXavier Le Roiと、Jerome Belがいるのである。

Mathildeは一度も日本に来たことが無いそうである。invitationも一回受け取ったことがあるとかないとか。まるで日本人の恥である。いつか呼びたい。

Monday, February 05, 2007

Mathilde Monierの新作リハーサル

以下昨日書いたメモ

---

新作だからたくさんのことを書くことは出来ないけど、一言でいって、ノックアウトされた。すごい。本当に凄い。
webサイトにあるとおり、今回の作品のテーマは「ユニゾン」。かといって、それは決してダンスにあるそれだけをさすわけじゃない。そこにある政治性、つまり個人(わたし)と、他者=(->)社会(集団)とのダイナミックな関係性。あるいは、それが示してきた具体的な歴史における幾つかの風景が、しばしばステージ上に顔を出す。抽象的な概念から、具体的な何かまで、凄まじいスピードで展開し、ただこの「ユニゾン」というテーマから離れたり近づいたり。その広大さ=アーテイストとしてのマチルダのすごさ。
例えばピナやケースマイケル、フォーサイスがとうに失ってしまった、アーティストとしての「まっとうさ」が彼女にはぶれること無くその底に姿を現している。それは並大抵の人間の出来ることではない。
政治を語るからそのアーティストが政治的だというわけではない。政治は私たちの生活においていつもあり得る出来事であり、そこに眼を向けられるアーティスとこそ、政治的なアーティストと考えられるだろう(「ここ」に政治があるのだ。)。リハーサルにおいて努めて深刻にならず明るく(そしてもちろん気丈に)振る舞うMathildeに、「作品の中身もそうですが、この状況(situation)もとても素晴らしいと思います。(必要以上に)深刻になったら、作品も深刻になってしまうと私は思います。(If the situation is quiet serious, the piece is also gonna be serious. It is relative.)」と伝えると「そうよ。その通りよ。私には、こういう雰囲気が必要なのよ。ダンサーたちにとってもね。そうでなければ軍隊みたいになってしまう。」とさらりと答えてくれた。
18才のときにフィリップに会い、24才でMathildeに会い。会うべき人に会えたことを、本当に幸いに思う。

Saturday, February 03, 2007

Angersにつくまでのメモ

以下以前書いておいたメモ
-----
無事Angersへつく。

・道のり
ParisへAir BerlinでWienから2時間。到着後さっそく凄まじい量の荷物をParisのメトロで運ぶのに一苦労。滞在先を結局みつけることが出来なかったので、Hostelに。宿泊客のテンションが異様に高く、色んな子に話しかけられる。アルゼンチンの子は、6ヶ月間日本語を勉強していたそう。でも学校をやめてしまったので、もっと勉強したいなぁとか。一見日本人に見えるブラジル人の男の子は、日系3世。ブラジルにはたくさんの日系人がいて、大きなコミュニティがあるという。日本語は全く喋れないけれども、武蔵についての本を読んでとても感動したそう。今はまるで途切れてしまった戦前の日本人の営み、そういうことが、ここParisで交わる瞬間、とても不思議。

・CDG
CDGでAngersの研修を共に受ける友人を待つ。荷物が死ぬほど重いので、とっととバスにのってCDGに12時半くらいにはもうつく。6時間ぐらいイスにすわって待っていた。Air Franceはでも30分くらい遅れて到着。友人は送っていたTGVのチケットを印刷し忘れていて、一瞬青くなる。SNCFのオフィスに駆け込んだら、英語の喋れるスタッフで一息。laptopにconfirmation e-mailがあるけどバッテリーが切れてるといったら、電源つないでくれて、何とかことなきを得る。2時間半TGVにのって、Angersについたら23時。オーストラリア人の友人Tがむかえにきてくれていて、ホッとする。友人がアパートまで連れて行ってくれる。アパートはCNDCがもっているもので、キッチン、トイレ、バスルーム、完璧で、二人なのに3部屋あり十分。本当に有り難い。二週間の我が家。
Tが皆が集まって飲んでいるというので、顔だけ出しにいくと、9月からの新しい学年の子たちがおり、軽く話す。ブラジル人やオーストリア人など、上級生よりずっと国際色豊。

Angers->Montpellier

2週間病み上がりの身体でボロボロになりながら頑張った。忙しかったAngersでの日々。最後はRさんに頼んでおいたTaxiが早朝おとずれず、Yとぜいぜいいいながら歩いて駅へ。発車の10分前に到着。立派。
ParisでSNCFにいって、チケットをうけとり、カウンターのお姉ちゃんに、「5時間も待ち時間あってもありすぎだから、もうちょっと早いのに変えられませんか?」ときいたら、「13時24分のがありますけど、もっと高いですよ」といわれ、反射神経的に「No」とはっきりかえす。Marci bocoup/Au voir (スペルわかりません…)といって出る。
Gare de モンパルナスからGare de リヨンまでメトロでやっぱり凄まじく疲れる。Gare de Lyonの駅のそばのカフェでカプチーノを頼んだら4euroとられて早速fucked upした気持ちになる。
それから駅のベンチに3時間ほど腰掛けていたが寒くて死にそうになる。
電車では黒人のお母さんと息子さんが仲睦まじく、やややりたい放題気味のお母さんながら、広い心で温かい気持ちになる。2週間もいたせいか、言葉があまり通じない状況に慣れていて、割と穏やかな感覚。いや、パリの人たちって、そんな人種差別っぽい感じあんま無いな、と思い直す。
Montpellierについて、初めての街ながら、冷静に対応出来、30分でホテルへ無事たどり着く。トラムの中でモロッコの(やや体臭臭い)おっさんに親切にされつつからかわれ、適当に返す。およそ観光旅行程度に必要な英語にはもう困らない。

Friday, January 19, 2007

苦労して手荷物作ったらチェックなし

例によってParisまでAir Berlin。重さ制限でいつも手荷物までチェックされるので、紙袋に本やら死ぬほど詰め替えてカウンターにいったらお姉ちゃんなぜか既にぶち切れてて、"I reserved my ticket for Paris on the internet, my number is..."といいかけたら"Only passport please!"と絶叫される。だかだかチケット渡されてハンドラゲージチェックなし。おいおい。

---

このParisのホステルは正直泊まる場所が見つからなくてしょうがなく来たんだけど、とにかく凄い皆話す話す。しばらく見失っていた人の深い優しさにちょっと触れた感覚がある。皆元気だ。皆旅をしている。

アルゼンチーナから来ているAは日本語を6ヶ月勉強していたそうである。凄い。エスパニョールに発音がにてると言われる。ぼくもドイツ語もっともっと頑張ろう。同じ部屋の一見日本人の彼はブラジルから来ていて、お父さんが日本人なんだそうだ。今でも大きな日本人コミュニティーがあると言われる。戦後途切れてしまった糸って、それでもこうしてどこかで交わる瞬間が在る。彼はアフリカの血も入っているそうで、世界中の血が入っているんだねというと笑われる。

Thursday, January 18, 2007

日銀が利上げ見送り

これで円安が一層加速。
景気が良くなればバンバン、ドル買いして、悪いときも怒濤のように流れていく円をせき止めず。
一体この国の経済というのは自尊心というものがないんだろうか。
自分の国の価値を自分たちで保とうとする当たり前の国家としての行いがどうして行われないのか。

読売新聞は日銀がもっと利上げの意義を説明しろと書いていたけど、マスコミこそそこで何が起こっているのか、検討し、双方の在り方をちゃんと記述して、国民の意識を啓発するべきなんじゃないだろうか。ただ流れてくる情報に文句つけて垂れ流して、それで?

"構造"をみせる

友人のすすめで、
Candice Breitz "Working Class Hero"(A Portrait of John Lennon)
をBawag Foundationにてみる。20人弱の人がイヤホンでジョンレノンの歌を聴きながら、歌っている、その顔がずらりと横一列に並んでいる。とても面白かった。
"John Lennnon"についての個人的な記憶が彼の心に絡み付いている(まさに「思い出」によって過去から絡みとられる)その顔。に、対峙させられる鑑賞者。歌う顔は歌う顔のその向こうへと鑑賞者の視線を誘う。

そうなのである。本来アートというのはいずれにせよ、現象の向こうへと見るものをいかに連れて行くか、それが裁量なのである。ところが、ここのところのコンテンポラリーダンス(のつまらない人たち)は、ただ現象をどう浮び上がらせるにしかその志向が及んでいない。こうした状況に対する反発が、僕の次回作のコンセプトにおいて非常に重要な位置を占めてているのだった。再確認した。

ということは、僕がやろうとしていることは、自分(アーティストとしてそこにいる)の在り方、構造を提示すること、つまり本来特に触れることなくともそうあるものをわざわざ「そうあるんですよ」と言葉にして言い表すような、いわばこっ恥ずかしいほどの、観客への「丁寧さ」(あるいはおせっかい)なのである。

思えば既に前作"parole"の時点で、かのO氏が東京公演に来て下さって、「なんであんなことをわざわざ喋るんだ。あれがいらん。」とさすが厳しい先生のお顔でおっしゃって下さって、やはりその時、Sさんが、「まあそれが世代の違いだよね」とおっしゃっていたのは、やはりこういう違いであると思う。 構造は構造そのものとして提示すること、それで十分というのがO氏、そしてその世代の方々の基本的な姿勢であるのだろうと思う。(そしてO氏の手前である寺山などは、構造について「ここにこういう構造が在ります」といっていた人である。歴史的なつながりの上にあることももちろんである。ただし僕の場合はもっとvisual artsの影響が既に複雑に絡み付いた世代にあるので、寺山と同じやり方はやろうとしても出来ない。)

---

友人の次回作のアイディアを聴き、やはりその面白さに圧倒される。まだこれからの作品なのでハッキリとかけないけれども面白い。「ポストコンセプチュアル」という言葉をつかって、「やっぱりこれからはただコンセプトがあって、それだけじゃだめだよね。」という。本当にそう思う。けれども「コンセプトを動的に扱っている作家に興味がある」と僕が言うと、「動的であるとか静的であるということははじめ君の主観のうちにあるんじゃないの」と言われる。アイタタ。やっぱりまだまだ青いなぁ。

Wednesday, January 17, 2007

ドイツ語の感覚って動詞が英語ほど強くないのかな

ドイツ語って動詞が後置になることがよくあるのだけれど、ということは英語ほど動詞に対しての意識って強くないのではないかな。"Heute schöne Tag"とか話しているのを聞いたり、街頭の広告でも動詞が抜けているのをたまに見る。英語だと天気にしたってIt's really nice sunny day. とか、動詞が抜けてる文章ってあまり考えられない。
少しずつ語彙が増えてきて、クラスのトルコ人のおじさんに精一杯自分のことを伝えてみたりする。向かいのタイ人のお姉ちゃんも30代と知り、クラスで最年少であったことがよく分かった。苦労している人は同じように苦労してる人に優しい。これは本当にそうだ。外国に来て働くということは、本当に大変なことだ。
それでも皆明日の方向を向いて必死に生きている。僕も負けられない。

Tuesday, January 16, 2007

無事applicationは出せた

どう考えてもベストとは思えないけれども、ともかく出した。最低限のことはやった。この状況の中良くやったと思う。快適とは言えなかったけども、8日間殆どベットに張り付いてたホステルを離れ、今日友人の家へ。金曜日にはもうフランスである。

Wienの街はやっぱりいい。この街の空気はどこか心地いい。天気がいい日が多い。
しかし8ヶ月という長旅もついに最後の瞬間に近づいてきたのだ。

あっという間だった。

Sunday, January 14, 2007

こんなときは何もしない方がよいことは知っているのだ

知っているのだけれども明日が重要なアプリケーションの締め切りな訳で、こうしてアダアダと風邪を引きずりつつ作業をし続けなければならないのである。でも調子が悪いのだから全然良い文章なんて浮かばず、とりあえず最低限のところを無理矢理滑空させて飛ばすようなそんな感じな訳になるのだ。かといってこういうことをいちいち自分に責めすぎると、底からようやくちょっとは上澄みぐらいのところまで立ち直ってきた精神もまた戻らざる負えなくなる。この微妙な気持ちの保たせ方は、全く持って微妙。
吾妻先生のどうしようもないweb日記を読んでそんな気持ちに拍車をかけてみる。そういえばいつかこういう風に落ちたときに、ひたすら松本零士先生の「元祖大四畳半大物語」を読んでいた時期があったなぁ。

Saturday, January 13, 2007

新しい薬をもらった

薬局に行って新しい薬をもらった。
とにかく体全体の調整が何かうまくいってない感じと病状を説明したら、随分時間をかけて探してきてくれた。ヨーロッパの薬局って、お店にもよるけど、とにかく薬を本当にたくさん持っていて、何かプロフェッショナルな感じがひしひし伝わってくる。
胃腸の調子を整えてくれるということ。ビタミンも取りなさいと高いビタミンも一緒に買わされる。でもここまで来たらすがるしか無い。
でも京都に来たばかりのときも、まだ友達が周りにいなくて、病気になったらやたら孤独になって辛くなったものだ。なんとかなんとか乗り切ろう。

Friday, January 12, 2007

病気が治らない

こんなにひどく体調が崩れたのはもう何年も無かったように思う。出口が見えない感じがある。それでも生きていかなくちゃならない。難しい。

Thursday, January 11, 2007

Jobsのスピーチ

Jobsのスピーチをビデオで昨日の午前中見ていた。彼のプレゼンはやっぱり引き込まれる。すごい。iPhoneはなんかSFの世界のデバイスが本当に出来たみたいだった。二本の指を拡げて映像を拡大する瞬間とか溜息が漏れた。

Wednesday, January 10, 2007

depressed

i think now is one of worst time in this travel. i am really depressed. i can not mention about most terrible thing which happened here, but anyhow it was really hard for me and because of that i became really bad sick. i was lying on the bed more over 1 week, and still not perfect. maybe i have 2 types of tiredness, one is from that happening, the other is from tiredness from all the travel. but i already reserved plane ticket for japan on 9th Feb. via korea. feel finally. anyhow one more week here and next week go to angers again, and after that go south to see a school in monpelier. love to you. love to see your e-mail. write me anything, welcome:)

Tuesday, January 02, 2007

喫茶Yがもう営業しないそうで

友人が、僕の好きだった京都の喫茶Yがもうやらないとお店に掲示があったと教えてくれた。
カウンターのみで、たしか8人かそこらしかすわれない。休日はともかく平日は殆どお客さんがおらず、常連さんは結構いたけど、逆に回転率が悪い。みんなそこのJさんと話すのが目当てだったからだ。それはね、本人がやる気をなくしてしまったらしめるよね。お店は旦那さんが受け持つ夜のバーはそのままやるらしい。世界に一つしか無いような、希有な場所だったな。残念。
準備をあれやこれやして、ようやく明日からGrazにたつ。楽しみ。

ALLES GUTE ALLES LIEBE, NUES JAHR!!!!!



爆竹と花火の騒がしい年越しだった。
野外コンサートの"Let It Be"につい興奮する。

Sunday, December 31, 2006

Execution of Hussein

This is the 'justice' of US.... But what people are thinking?

from Wikipedea
India: "We had already expressed the hope that the execution would not be carried out. We are disappointed that it has been." – Minister of external affairs Pranab Mukherjee
Japan: "We have acknowledged that the judgment has been made according to due process and pay respect to the legal procedures that the Iraqi government has taken. That said, what is most important in our view is to make this sentence not a new source of conflict but of reconciliation between the Iraqi people."[36] — Foreign Ministry Spokesman Tomohiko Taniguchi
Malaysia: "The international community is not in favour of the hanging and questions the due process that took place. We are surprised that the hanging went ahead notwithstanding. I think there will be repercussions. This is not the answer" - Foreign Minister Syed Hamid Akbar
Thailand: Kitti Wasinondh, a spokesman at the Thai Ministry of Foreign Affairs, said, "We are optimistic that it will not lead to any further violence." Former Thai Foreign Minister Surin Pitsuwan, a Muslim who served under the Democrat Party, said he expected the execution would increase tension in the war on terror because of Saddam's many followers.
South Africa: "South Africa remains convinced that his execution is not the panacea to the current political problems in Iraq, but could fuel violence in an already volatile situation," said Ronnie Mamoepa, the foreign affairs spokesman.
Austria: "Austria has always campaigned against the impunity of people in the highest positions of political responsibility and supports the effort for an effective international penal jurisdiction. At the same time Austria rejects the death penalty as a matter of principle and stands for its worldwide abolition. This applies without exception and cruelty of the committed crime. Saddam Hussein's guilt in oppressing his own people, the assassination of political enemies and innocent civilians is undoubtedly documented. However, Austria's stance against the death penalty also applies in this case." - Austrian Ministry of Foreign Affairs Press Release
France: "France calls upon all Iraqis to look towards the future and work towards reconciliation and national unity. Now more than ever, the objective should be a return to full sovereignty and stability in Iraq. France, which like the rest of its European partners advocates the universal abolition of capital punishment, notes the execution of Saddam Hussein on Saturday. That decision was made by the people and the sovereign authorities of Iraq." — French Foreign Ministry
Germany: "Saddam Hussein was sentenced by an Iraqi court, and this verdict has been executed. We do respect this verdict. However, it is known, that the Federal Government of Germany is against capital punishment. On a day like this, my thoughts are foremost with the many innocent victims of Saddam Hussein. I do wish for the Iraqi people that it will find its way without violence and in peace." — German chancellor Angela Merkel
Netherlands: "It's understandable that Saddam Hussein received the most severe punishment under Iraqi law. Nevertheless, we are opposed to the death penalty, which is inhumane and barbaric; even in Hussein's case, the sentence should not have been carried out." [65]Deputy Prime Minister Gerrit Zalm
Portugal: "The Portuguese Government reaffirms its total opposition to death penalty in all cases and circumstances."
Serbia: "We have seen that the situation in Iraq is chaotic. I am afraid this might cause even worse consequences. Serbia strongly objects to the death penalty. Calls against execution made by non-governmental organization such as Amnesty International should have been accepted"[70]Minister of Justice Zoran Stojković
Switzerland: "Saddam Hussein was a criminal, but the DFA disapproves of his execution. ... Switzerland advocates the abolition of the death penalty in the context of both its multilateral and in its bilateral diplomacy."[72]Federal Department of Foreign Affairs press release
Russia: "Regrettably, repeated calls by representatives of various nations and international organizations to the Iraqi authorities to refrain from capital punishment were not heard. Saddam Hussein's execution can lead to further aggravation of the military and political situation and the growth of ethnic and confessional tensions."[69]Foreign Ministry spokesman Mikhail Kamynin

Saturday, December 30, 2006

心が通う時、ほっとする

韓国人の友人Hにあい、彼女の家にいって食事を作って食べた。例によってそば(今回は人参+白菜)と、鳥とタマネギを甘辛く煮たもの。鶏肉は、もものところで、でも例によって骨はそのまま(おそらくオーブンに入れて焼くことを想定されている)なのでフンとかハンとかいいつく肉をそいで切る。 喜んでくれて良かった。韓国では男性は普通料理をせず、ただデンと構えて待っているそうで、彼女の友人が日本人の彼氏に初めて家に招かれたとき、料理を作ってもらってやたら感動したらしい。

warsawであまりにも人とずっといすぎたせいか、wienに来てしばらくまともに人と向き合って会話してなかったことも相まって、口が過ぎるぐらいあれやこれや話す。ルームメイトが何を言っても理解してくれず、自分の言葉を通じて相手の心に届かないのかと本当に愕然とした思いを感じていたから、自分の考えを喋り、相手が応え、そうして互いの心が通っていく瞬間に本当に嬉しく思う。自分の言葉は死んでいなかった。よかった。ずっと心配していた。

日本ではPerforming Artsを「舞台芸術」と訳している。これは間違いでないのか?という最近の疑問を話す。ヴィジュアルアートにおけるPerformance Artは、まずそれ自体に歴史が在り、またそれとは別にダンスの歴史が在り、後者が前者に対して影響を与えて混濁した状況が存在しているのが現在のコンテンポラリーダンスなのではないか。という話をすると、「私たち(韓国)はヨーロッパを追いかけてヨーロッパの言葉を持ってきたけど、その意味をちゃんと理解していないのではないか」と返される。何となく、それとして、運んできて、よく分かってないのに、分かった振りをして使っている。彼女は例として、「コンタクトインプロヴィゼーションのジャム、とかパートナリングとか、私たちはそれをそのまま(訳さず、同じ音を用いて)使っている。でも誰がその意味を知っているんだろう。」考える(考えだす)ことが大事なのだと同意する。

「でも何処から考えたらいいんだろう」という彼女に、「僕は哲学を勉強していて、でもそれは哲学を学ぶことが大切ということではなくて、ともかくも哲学を学ぶことから、考えること、どうであれ、自分のペース、リズムで、自分なりに考えることが、ともかくも新しい示唆を与え、それ自体はクリエイションとして成立しないけれども、クリエイションをとても助けることになる」と応えたら、「そうか、じゃあ何もやってもいいんだ」と喜ばれる。(こういうずいぶん抽象的な概念を伝えられるようになってきたというのは、少しでも英語を喋るのに慣れてきたんじゃないかなぁ。)

前後するけれども、それから、ともに、自国の若手を育てず、大御所アーティストを海外から呼ぶことに金をつぎ込みまくっている自国の文化政策を嘆く。いくつかの他のアジアの国の方が、たとえそれが「モダンだ、コンテンポラリーでない」とか、どういわれようが、ともかくも自分たちの価値観を提示しようと必死で、それに対してその周りがしっかり支えているのではないか。そちらのほうがいいなぁ、と共にうなずく。

友人は本当に大切だ。友人がいて、彼・彼女が頑張っているから、自分も頑張っていける。何が大事って、やっぱりそれが一番大事だ。ただ偉そうなことを言って、偉そうな態度をして、それに群がる人からえさを与えられて生きてくようには絶対になりたくない。

凄い嬉しい

僕が来たときにはオーディションが終っていた(死ぬほど悔しがった)、ウィーンのスカラーシップに、友人のAが受かっていたと知る。凄い嬉しい!! どこにも友達がいるのっていいなぁ…
僕も頑張らなくちゃ!!

Friday, December 29, 2006

youtubeはやっぱり偉大だなぁ

bruce nauman remake »bouncing in the corner«
これは"parole"の冒頭で使った。
Bruce Nauman - Stamping in the Studio
Bruce Nauman ARTE NAPOLI MADRE

やっぱり60年代/70年代のアートちゃんと勉強しなきゃだめだな。
この前京都に帰った時、先生にヨーロッパの最近の状況を話したら、「なんだそれ、Cageとかの時代に戻っただけじゃん」ていわれて、ははぁ。
(そういえばErwin Wurmをみにいったとき、先生が参加されてたころの京都のDというカンパニーは、本当によく勉強されていたのだな、としみじみ思った。)

メルロ=ポンティからベルクソンへ−言語論の場合−

武蔵大学のwebで清水誠先生の文章がよめるのです。
大学の内部雑誌用の文章なのかしら?
ともかくこういうの公開してくれるのって助かる。
全部よんでないけど、とりあえず2ページ目までから抜き書き(コピペ)。

凄く分かり易い。有り難い。

---

こうして「語は意味を持つ」(le mot a un sens) として「持つ」という観点から語について語り、語に内在する一種の力能を認めるならば、物的身体と精神との中間にあって両者を媒介し、主客対立図式を乗り越える立場を得ることができるであろう、とメルロ=ポンティはするのである。

引き続いて彼は、この経験は「閃光のように瞬間的なものであるが」、表現(expression)の実践によって我有化(approprier)することができることと、対象の命名(denomination)はそれの再認(reconnaissance)の後で生じるのではない、命名と再認とは同時に性起するのであり、両者はただ理性的(ratione)に区別されるだけであり、つまり同じ事態であることとを述べている。これらはいずれも事柄が知性直観の問題であることを示している。もっとも、知覚対象の「命名がそれの再認そのものである」とメルロ=ポンティは言うのであるが、これは知覚対象を包摂(subsumer)すべき概念が精神のうちに先在し、それが恣意的に名前と結び付くというのではなく、「語が意味を孕む(porte)」という意味である。

なにゆえに本来的な例が求め難いかと言えば、そのためには初めて言表されるべき言わば正統(autentique)なパロールとそのようなパロールに基づく二次的なパロールとを区別しなければならないからである。というのも、「語が意味を持つ」という命題が当てはまるのは前者のみに限られるからである。換言すれば、通常の経験的言語活動についてこの命題が主張されているのではないのである。ということは、言語論的脱構築の結果として提出されるであろう範疇表の形が、カントの提示した純粋理性のそれと大差ないものになる可能性があるということである。

したがって改めて提出されるであろうその表の資格についての解釈問題を別にすれば、重要な係争点としては、生まれ出ようとする状態(a l'etat naissant)にある未曾有の思想における、言葉と概念との後先関係の問題だけであると言えるのではなかろうか。

新たに生まれる思想の本質とは言うまでもなくそれの意味であるが、その思想の存在とはその言葉なのである。意味が先にあってそれの言葉が考えられるのではない。その言葉はその意味と同時に生まれるのである。言葉と意味との後先関係はどうかと言えば、両者は厳密に同時である。それどころか、言葉のうちに内在する意味、言葉に住み着く(habite)意味においては、言葉が先に立つかのように思われる。その言葉なしにはその意味は少なくとも完成しないのである。それは新しく創造される言葉であるから、新しい意味である。

これによって言われることは言語表現が持っている調子(トーン)とかアクセントとかの理解が、意味の基本的理解の初期的段階であるということである。これらはいずれもベルクソンが感覚=運動的(sensoriel-moteur)と呼んだような、意味の感性的理解が悟性的理解に先行しこれを基礎付けるのでなくてはならないということを言っているのである。それが感性的理解に基礎付けられた悟性的理解であってこそ、或る「言語表現が意味を持つ」ということが起きるのだというのである。この点に関してメルロ=ポンティは、言語表現と音楽や絵画における表現との間に差異を認めないのである。

われわれは音楽において楽器の素音は音楽的意味行為の素材であって音楽的意味と素材としての楽音とはレベルを異にすると言ったばかりであるが、音楽のなかに一度組み込まれた以上は、楽音は単なる素材であることを止め、その音楽の意味と不可分になるのである。音楽的意味が楽音に受肉するからである。絵画においては絵画的意味が絵の具に受肉する。同様に、演劇において役者が入神の演技をする場合には、役者は消えて役が現象することになる。

これらの場合と同様に言語表現においても、記号(signe)を意味作用(signification)が食い尽くすことになる。そして「語が意味を持つ」のはそのときなのである。記号としての語は意味を表象するのでも翻訳するのでもなくそれを現成するのである。即自存在としての語が対自存在化するのである。のだから、意味は語の外に超越的に存在するのではない。語に内在しながらそれに生命を与えるのである。語は意味の即自=対自存在にならねばならないのである。「パロールは思惟の衣服ではなくて、その身体である」と言われる所以である。

やがてバンヴェニストが論証するだろうように、 各国語体系が示す全体論的性格は、各国語体系内における語の能記と所記との有縁性を帰結するのである。したがって、例えばイヌとdogとの等価交換可能性を意味するような普遍的思惟(pensee universelle)は存在しない。またこれの換喩である規約的思惟(pensee conventionnelle)の典型たるアルゴリスム(記数法)は人間不在の自然を表しているが、これとても言語活動を通じて人間に関わる限り、すでに絶対的な意味では規約的ではないのである。「こうして厳密に言えば、規約的記号は存在しないのである。」

これらの諸言明が明示して余りあるように、『知覚の現象学』時期のメルロ=ポンティ言語論にはソシュール記号論の影響は皆無である。ソシュールの思想とのそれの関わりについては、『シーニュ』以降のテクストについて見なければならぬであろう。

---

デリダが死んだのは2004年だったことを思い出しました。昨日のことのようで、もう2年もたつのです。

単語の暗記

に便利なソフト、いつのまにかver.あがってて使い易くなっている。
ProVoc

語彙ファイルは、Schuljahr 5というのが、ドイツ語初心者むきっぽい。多少は出来ないとあきるし。勉強頑張ろ。

Thursday, December 28, 2006

Erwin Wurm展

ついにいきました。MQ
よかったというか、勉強になった。やっぱりものの可塑性(記号としても)について、凄い遊んでいて、またその可塑性自体をちゃんと分かり易く提示しているところとか、大御所のアーティストの仕事ってやっぱりしっかりしてる。太った家のオブジェの中に入ると、3Dエフェクトかけてアニメーション化されたその家が、「私は家か、家なのだろうか。家であれば外に在るべきだ。何かをまもるべきだ。いや、アートなのだろうか。アートだ。建築家によって、あるいはアーティストによってつくられたアートだ。」みたいにひたすら自問自答する映像が流されている。これは、「ものに語りかけられる」という現象学的なアプローチをすごいわかり易くヴィジュアル化しているように感じた。差異(太っている)によって、ものに絡みとられていく。すごいなぁ勉強になる。
でもヴィジュアルアーティストの仕事をみるとやっぱり、眼の見えない人にはどうアプローチできるのだろう、と、当たり前のことなんだけど、どうしても頭に引っかかりつつ見ることになる。
同時にやっていたPop Art and Conceptual Artは、もともとそんなに好きでもないので、まあウォーホルとかラウシェンバーグの作品とか、生では見たことあまりないからヘーとか言う感じで一応みただけ。でもJohn Cageの講義(Lecture on Nothing)とか、オブジェま(Not Wanting to Say Anything about Marcel2)であって、へーCageってこんなこともしてたんだなーと。だけどコンセプチュアルアートの類いは、もうひたすら文章ばっかりで、これってあまり見る人にむきあってないような印象で、楽しめなかった。
Bruce Naumanの作品が夏に来たときはあったので、まだないかなぁと思ったけど、なかった。残念。Naumanの資料を探したい。

今日もcafe blueorange。明らかにすいている。コーヒーまずいからだろうな。でも店員のお姉さんがいつも優しい。ホッとする。

Wednesday, December 27, 2006

やっぱり人の暖かさっていいよね

コーヒーはまずいけど店員が優しくてネット使えるカフェ。やっぱ人の温かさって落ち着く。クリスマス休暇のせいで、2日間そとにあそびにこれなかったから、息付ける。
ペンパル応募はさらに2通きて、あまりの効果に驚く。でも授業無いときにドイツ語を読む機会を与えられるのは、本当に励みになり助かる。のんびりマイペースで続けよう。

と思ってたらまた一通きた。もういい加減無理だ。4人で限界。ごめんなさい。

danceWEBレポートの前書き(みたいな)

これをレポートの前にのせます。英訳して、オフィスにわたすレポートにもします。

---

 5週間という集中プログラムで、私は何を学んだのか。様々なワークショップで教えられた多種多様なダンステクニック/スタイル?ヨーロッパで現在大変人気のある様々なアーティストのパフォーマンスを見ることによって知った、これからの現代パフォーミングアートの可能性?もちろんそれもあります。けれども、僕が第一に挙げたいことは、2006年の夏、ウィーンで出会った全ての人々から教わった、暖かな心のあり方だろうと思います。
 5週間のプログラムで、64人の参加者は、STUDENTHAUS(シュトゥーデントハオス)という学生用集合住宅で共同生活を行いました。2棟の建物の各フロアに8部屋、2部屋ごとにシャワーとトイレを共有し、概ね一人で一部屋を使用。但し例年より増加した参加者のため、一部では二人で一部屋のところもありました。キッチンは一フロアで一つ。(贅を尽くしたホテルのようではありませんが、京都の学生アパートになれた自分にとっては部屋の広さも設備もとても素晴らしく思われました。)
 そこで毎日、僕は、隣部屋や同フロアの友人と話したり、或は屋上で酒を買わしたり、一ヶ月間そこでの「暮らし」をともに楽しみました。こうしたアコモデーションや、ワークショップの会場、パフォーマンスの行われた劇場などにおいて、僕らはいつでも、プログラムについて、或はワークショップ、パフォーマンスについて、感想や意見を述べ合ったり、お互いの芸術のバックグラウンドや、各々の国のアートシーンについてなど、屈託のない会話をしていました。
 20代前半から30代前半までの参加者は、それぞれ異なった経験を持ち、そのおかれている経済的状況(ダンスで既に食べているのか、いないのか、またどうやって)や社会状況(どういった評価を受けているのか、また各々の国の政治・芸術状況からどのような視線を浴びているのかなど)も様々であるということ。皆との会話の中で僕はそれをゆっくりと知っていきました。しかし、こうした会話の中には、相手をそうした、いわば「ラベル」のようなものによって、蔑んだり、変に褒めたたえたりするような態度は決して露になることはありませんでした。
 私たちがワークショップに参加するとき、私たちは自分で自分のレベルを推し量って、クラスに付帯するBASIC(基礎)、INTERMEDIATE(中級)、ADVANCE(上級)、OPEN(オープン、どのようなレベルの人も)といった難易度も選ばねばなりませんでした。あるいは、コーチングプロジェクトと呼ばれる振付家・アーティストとの1〜2週間に渡るより集中的なプログラムに参加するには、プログラムの参加者のみならず、他の公募されたダンサーも含め、希望者が事前に先行され、当然落選する場合も少なくありません。これらは、より明らかに互いの違いを見分けられる「ラベル」といえます。こうして、さらに分かり易い「ラベル」が各自に与えられたもかかわらず、それでも、そうしたことを基に優劣をつけているような意識は、互いの会話で一度も感じられませんでした。
 僕がこうしたことを強調することが、とても恥ずかしいことだと言うことは、もちろんよく分かります。こうしたことに気付く時点で、僕の中に、こうした「分かり易い違い」を基にした差別意識が少しでもあるということだからです。しかし僕にとっては、幼い頃から「勉強」することを良しとする価値観を与えられ、先頭に立つように追い立てられてきたことから、自分が今何処にいるのか、そういった自己中心的な発想を断ち切るのは、なかなか容易ではありません(これは少なくとも日本で「学校」というシステムを通過してきた人であれば、いくらかは理解出来るであろうと思います)。ですから、ウィーンでの皆との会話において、いつもその底に流れる「相手へのリスペクト(敬意)」には驚きさえ覚えました。
 そして私はこうしたリスペクトを、参加者のみならず、プログラムやフェスティバルのスタッフ、またプログラムのアーティスティックコーチの二人からも感じることが出来ました。コーチのマチルダ・モニエのことは本当に忘れられません。彼女のキャリアは、既に私たちよりも格段に評価されていますが、彼女はそれを鼻にかけるようなことはせず、私たちに対していつも正面から向き合ってくれました。言い換えれば、何か「教えを諭す」ように上から下に伝えるのではなく、彼女はいつも同じ視線の高さを持っていました。ある時「サロン」と読んでいた私たちのミーティングで、そのために使用する部屋が、他のダンサーのリハーサルで使われていて、時間になってもなかなか入ることが出来ませんでした。私が来た時彼女は廊下に参加者の数人と円になっていて、まさに車座のように皆と親しげに話をしていました。とても印象的な風景でした。
 あるいはプログラム及びフェスティバルのダイレクターは、あるサロンで、「これだけ踊らないダンスが舞台上で山ほど上演されているのに、ワークショップではまるでフィジカルなことをさせるのか。」という手厳しい質問に対して、「私たちもそうした状況は理解している。しかし、私は今の状況はこれからまだ変わっていくだろうと思っている。」とやはり私たちと同じ目線に立って返事をしてくれました。(しばしば日本ではこうした状況で同様の立場の人は、まず組織としての体面に即した発言をすることがあるように思われます。ここでダイレクターは、参加者個人の意見に対して、彼個人の意見で返事をしていたことに、私は驚きと心地よさを感じました。)
 挙げだしてはきりがないほど、様々なことがありましたが、繰り返して言えば、常に私はウィーンでの人々との会話で、その底に、「相手へのリスペクト(敬意)」を感じました。この「相手へのリスペクト」は、他者の「可能性」に対しての積極的な姿勢と読み替えることができると思います。様々な分かり易い「ラベル」に表彰されている何か、例えば地位や技術、経済的状況、国籍、人種、母国語と言ったもので指し示されている何か、を超えて、自信の認識に含まれない何かが他者の存在にあるかもしれない。そうした可能性(現在においても未来においても)への積極的立場。つまり、他者へ開かれた心(オープンマインド)の有り様です。
 プログラムがまさに終ろうとしている時、イスラエルから来ていた一人のダンサーがとても印象的なスピーチをしてくれました。彼は、イスラエルで大変有名なカンパニーで働いていた経歴を持ち、大変素晴らしいテクニックを持った優秀なダンサーでした。
 「正直、僕はプログラムの始め、大変失望しました。なぜなら、(クラスが)上級と言っているのに、期待していたようなレベルではなかったからです。けれども、時間が経つにつれて見方を変えていきました。皆とともにいる中で、そこでともに楽しむこと、喜びを知ることに気付いていきました。それは(このプログラムの)人々のおかげです。」
 他者のことを容易に「分からない」故に、他者を消極的に捉えること(差別)はとても悲しく思います。元々他者は私ではなく(私は他者との縺れ合いであり、運動であり、他者に住むが、他者にとどまることは出来ない。持続によって。)、共通の手がかりが多かろうが少なかろうが「分かる」ことは出来ません。いずれにせよ他者の志向に近づくことは、時間がかかり、それが長いか短いかだけの違いなのです。しかし他者が私でないということは同時に、他者が常に私の認識を超えた可能性を豊かに持っていることを指し示しています。ですから、他者への志向に近づく道のりに途方に暮れ、門を閉めてしまうことは、他者への可能性を見失い、自己の認識に隠れ込んでしまうことです。いわば自慰行為です。しかし、長い道のりを行くことよりも門を閉める、つまり自己の現在位置周辺から大きく離れるという行為よりも留まることの方が、より容易である故に、そうした行為(差別)が世の中に少なくないことは事実です。
 ウィーンでのプログラムが終わり、その後フランス、ポルトガル、ベルギーと渡った後、僕はオランダ、アムステルダムへ歩みを進めました。そこで、先のイスラエル人の友人と再会することになりました。彼はたまたま立ち寄ったオランダで、偶然キャストが降りたプロジェクトのオーディションに参加することになり、見事代役として仕事を得て、パフォーマンスに出演していました。パフォーマンスの後、滞在させてもらっていた友人(彼も同じプログラムに参加していました)とご飯を一緒に食べようと誘い、後日夕餉をともにしました。仕事を手にした彼と、あても無く放浪している僕が、2か月ぶりに再会した時、それでも僕らは、そんなことを気にせず、ただ友人に再会出来たことを喜び合いました。
 danceWEBで出会った人々の姿勢は、決して私たちの間に「分かり易い違い」があろうとも、つまり互いの理解への道のりが長くなることが予想されようとも、その始まりに於いて、ともかくも門を開けること、「相手へのリスペクト」を持ち、暖かさ、積極性を他者への向かい合いの底に満たそうとすること。それは実際のところ(とても悲しいことではありますが)貴重な、まるで豊かな心の有り様です。そしてその姿勢は、私が彼・彼女たちとの会話で行えたように、向かい合う相手にもそうした心の有り様を促すものです。つまりこうした姿勢は、お互いを助け、豊かな心持ちで共に暮らし得る可能性をより多くもたらしてくれると思うのです。
 danceWEBは、これからプロフェッショナルな道のりを歩み始めるアーティストに対して最初の一歩を与えることを重要な理念としています。しかしプログラムを通じて教えられたその一歩は、よく考えられるような、盤石なテクニックでも、アーティストとしてセルフプロデュースしていくためのビジネス精神と言ったものでもありませんでした。世の中には色んな人がいるということ。色んな生き方、色んな境遇、いろいろな哲学…。そうした違いを当然と思い、そこに暖かさを持って思うことによって、共に生きていこうとすること。それが、社会に在り、社会との関係によって初めて成立し得る「芸術」を作り続けていく、プロフェッショナルアーティストには必ず必要である。danceWEBは、私たちが仕事する上で最も大切で、忘れてはならないことを教えてくれました。

---

もうちょっと修正するかもしれませんが、ようやくほぼ書き上がりました。

Monday, December 25, 2006

あまり人ごとではないなぁ。


京都にこしてからは僕もアルバイト斡旋所や派遣をつかったりしてたけれども、基本的に回ってくるのは単純労働だけ。労働条件は何処もひどく、自由を謳歌するようなフリーターなんてどこにもいない。トントンと大学いって、大学からすぐ就職していった人が世の中を殆ど動かしてるような社会で、こういう人たちのことって、想像されることも出来ないんだろうなぁ。人ごとでない。

Sunday, December 24, 2006

メルロ・ポンティ「哲学をたたえて」

去年か一昨年に「眼と精神」を古本屋で1500円で買って、「人間の科学と現象学」は読み終えて、今年に入ってから「哲学をたたえて」を。例によって爆裂遅い。半ばくらいまで読んだ。面白いところ自分のために抜き書き。

----
p.199
 哲学者が哲学者として認められるのは、<明証性>にたいする眼と、<両義性>にたいする感覚とを不可分に合わせ持つことによってです。最も、彼が両義性を受動的に受け取るだけであれば、その両義性は<あいまい>と呼ばれます。しかし、最も偉大な人たちにあっては、両義性は主題となるのであり、確実性を脅かすどころか、その確率に寄与します。…つまり、彼らはこの絶対知ではなく、我々のうちにおける絶対知の生成について教えてきたのであり、またキルケゴールが言っておりますように、絶対者ではなく、せいぜいのところ、絶対者に対するわれわれの関係の絶対性について教えてきたのです。哲学者をして哲学者たらしめるゆえんのもの、それは、絶えず知から無知へ、無知から知へと送り返す運動であり、またこの運動の中での一種の静止です。

p.212
全ての哲学者や画家が、他人によって自分の作品と呼ばれるものを、常にこれから完成されようとしている作品の下絵にすぎないと考えるものだということは、全く本当のことです。けれどもそのことは、完成した作品が彼らの手前のどこかに実在しているということを証明するわけでもなければ、またその作品に達するには覆いをとりさえすればよいということを証明するわけでもありません。
 …すなわち、ある哲学の秘密と核心は、その誕生以前のインスピレーションの中にあるのではない。作品が進行するにつれて核心自身も移動するのであって、作品とは、おのれ自身と合致したり対立しながらおのれを構成していく<生成する意味>なのだ。従って哲学も、必然的に(哲学的)歴史となる、つまり部分的解答が出てくるたびに当初の問題も変形していくような<問題と解答の取引>となるのである。

p.222
 ところで、われわれが<表現>と呼んでいるものは、ベルグソンが絶えずそこに帰ろうとした現象、つまり<真なるものの遡行的効果>であるような現象を別なふうに言い表したものにすぎません。…<考える>ということ、言い換えればある観念を真であると考えるということは、過去についていわば一種の奪還権を主張するということ、或は過去を現在の先取として扱うということ、少なくとも過去と現在とを同一世界に位置させるということを意味します。私が感覚的世界について述べている内容は、感覚的世界の<中に>あるわけではないが、しかし感覚的世界が言わんとしていることを言い表すという以外の意味を持つものでもありません。つまり<表現>というものは、おのれの日付を過去に遡らせ、あたかも<存在>がその表現に向かって進んでいたかのように仮定するところに成り立つのです。

---

「この運動の中での一種の静止です。」とか、凄い日本語としてきれいで、訳者の滝浦さんがどれだけ苦労されたろうかと思う。

Saturday, December 23, 2006

クリスマス休暇前

で、近くのZielpunktが野菜50%off(じゃがいもと玉葱は違うと言ってた)。人参1kg、白菜大1つ、ハーフリッタービール2本、板チョコ1枚買って2.33euro(¥400弱)だった。すごい。

夏のスタッフとあってコーヒーを飲みにいくつもりだったが、待ち合わせ場所に現れず。がーん。こういう時携帯が無いと不便。しょうがないので本屋で買い物して帰る。
Camera Austriaという雑誌と、Thames & Hudson, world of artシリーズの「Performance Art」。日本だとPerforming Art=舞台芸術になってしまうけど、副題のFrom Futurism to the Presentの通り、シュールレアリスムとか、その辺から、Live Performanceにまつわるアートを一通り見ながら最近の舞台芸術にも触れていくみたいな流れみたい(まだ読んでない)。今日の状況をかんがみれば妥当。暇見てお勉強しよう。

ドイツ語の勉強がすすむよう、ペンパル募集サイトに超軟派な英語で自己紹介書いたら速攻2通ドイツ人からメール。いいのか?

Thursday, December 21, 2006

おばあちゃんと電話した

久しぶりにおばあちゃんと電話した。大変だろうけど、今出来ることを頑張りなさいと励まされる。上を向く気分になる。
せっかく勉強してきたのだから、使わなくては意味が無いので、勇気を出してパン屋にいったりカフェにいったりしてドイツ語を喋ったり聴いたり。時間はかかるけど、気後れしていたらいつまでたっても喋れない。
ナッシュマルクトのそばの、日本でいったらドトールみたいな大衆的ででも不潔というほどでもないカフェ。たまにはこういうところも気楽。仕事仕事。

---

そして3週間のドイツ語授業は今日で終了。おそらく1歳くらいの子供とは同等なレベルまで来たんじゃない?悩んだけど、来月もクラスをとることにした。通常1ヶ月受講なので、2週間しかとらないのはイレギュラーだから交渉して、いいといってくれたけど、授業料は半額にならず、3/4。うーん。でも先生優しいし頑張ろう。

Karlsplatzのクリスマスマルクトが人一杯だった。

Monday, December 18, 2006

高木正勝さんのAir's Noteをぼんやりきく

一年が終わろうとする時って、いつも色んな不安に駆られる。いったい一年で何が出来たのか、絶対に満足なんて出来なくて、来年はもっともっと頑張らねばって思うんだけど、結局ダラけがちな自分もいて、(無理しすぎると逆に鬱っぽくなるし)葛藤する。
学校から帰ってきて"Air's Note"を聴く。ぼんやりする。たしか3年か4年前に高木さんの音楽を東京で初めて聴いた時(ライヴではなくて、ただレコードがかかっていた)、すーっと肩の力が抜けるような感じがした。それまではとにかく作品を作らなくちゃーとか焦っていて、自分が本当に現したいことがどういうものなのか、ちゃんと探ることもないままただ突っ走っていた。それが、高木さんの音楽を聴いて、ああこういうことがやりたかったんだ、と取り戻して、どうしたらそこに近づけるか、格闘しながら「これが私の優しさです」をつくった。
もし彼の音楽に出会っていなかったら、もっとどうしようもない作品を作り続けていたかもしれない。
ぼんやり。

Sunday, December 17, 2006

ぼんやりする時間

ゴロゴロしてばかりいてもいけないので、cafeにいってコーヒー飲みながら仕事。まだまだ店員の言ってることがよくわからない。悔しい。
友人Pが春前に何かやらないかと言ってくれてた件、さすがに帰りたいし帰らないとお金なくなるので、でも彼の作品は凄く興味があるので、「夏のプロジェクトが終った後どう?」などと自分勝手なアイディアを取りあえず送ってみる。どうなるかしらない。後書かなくてはならない書類のテキストをたったか書いて友人Gに送り、これも返事を待つことにする。レポートもぼちぼち進む。外に出ればこんだけ進むのに何故家では何も出来ないのか。困ったものだ。金もかかるし勘弁してほしい。
帰ってご飯と肉じゃがをつくろうと突然思い立って作る。おいしかったけど、締めにマーガごはんつくったらバカうまくてがっつく。カレーもそうだけど、貧乏暮らしが長い分、むしろこういうしょうもないものの味の方が身体に染み付いていて、突然懐かしくなったりする。

2006, about to leaving this year...

talking with my friend in Kyoto, sometime i was encouraged...yeah... reminded my friend in amsterdam talked to me, "what is the problem? you did so many things this year, aren't you?" i think that's true. i can not think i got so many concrete things, like awards or something like that, but anyway i "knew" or "learned" so many things according to visiting not few cities. for now, that does not work obviously, but this year is like investment for my future. i knew so many nice people, had a lot of friends! that connection will work slowly in not so far future. i hope, or must be....

Saturday, December 16, 2006

人が一杯

土曜日なので授業がなく、街に出てみた。といっても知っているところをうろうろ。土曜日で何処もわんさか人が出ている。クリスマスが近いせいもあるのだろう。マリーヒルファーは警官が随分出ていた。コーヒーを飲もうと思って知っているカフェをいってみるが、まるで人が一杯。大分歩いて夏に何度かいっていたカフェでようやく。wienはコーヒーはあまり安くない。2euroはとられる。フランス圏の方が確実に安い。食べ物は安いのだから不思議。

Thursday, December 14, 2006

頑張ってドイツ語を話してみる

買い物をするときとか、ちょっとした会話が聞き取れるようになってきた。頑張って(つい英語が出そうになるのを押さえて)、"Ja, bitte."とか"Keine"とか、かたことでも喋ってみる。語学留学なんて想像してみたことも(今も語学留学なんてわけではないけど)なかったけど、なるほど、現地で学ぶというのは確かに覚えるのに有利だな。

夏のレポートのテーマをやっと思いつく。"Possibilities / OPEN MIND"か、"Possibilities : OPEN MIND"か。ルームメイトと理解し合うのに苦労して(お互いどうもあまり知らない人とそんなに話すのが上手でないようで…)、そういうなかで、dancewebのコミュニティが教えてくれた、他者の可能性をそっくりポジティブに受け止めようとしていく、そういう雰囲気の素晴らしさに、改めて気付かされたのだ。日本語のレポートは、それに旅での具体的な出来事を付記するような感じにしたらいいと思う。年末は暇なので、なんとか仕上げたい。

Wednesday, December 13, 2006

死にそうになる

信号待ちで停車。青信号になったら、前の白いバン(結構でかい)が左ランプを点滅させたので、てっきり左折するかとおもったら急にバックしてきて、咄嗟に向きをかえられず、下敷きになりそうになる。いそいで自転車すてて逃げる。後続のドライバーがでかいクラクションをならして、バンのドライバーに知らせてやっと停車。奇跡的に無事。自転車(友達の…)も無傷。駐車しようとしてたみたい。もっとちゃんと確認しろよ…。ヨーロッパは自転車は車道を走らなくてはいけないので、怖いからともかく注意深くしている(トラブったらドイツ語できないので、対応しきれないということも想定している)けれども、やっぱり怖い。

でも運転手が"Alles klur?"と聞いてきて(若いお兄ちゃんだった)、"Ja, alles klur. Kein problem."と喋ったのが、たぶん初めて今回のドイツ語が学習が役立った瞬間だった。

Tuesday, December 12, 2006

先生は無事復帰された、やれやれ

ドイツ語の先生は無事復帰された。やれやれ。隣の女の子は先生が入ってきたら、「Gut!」とかつぶやいてきたので予習をしながら笑顔でうなずき返す。 なんでこの先生がいい先生かなーと考えたら、生徒が「出来ること」(もちろん「出来ないこと」でも)ではなくて、「出来そうなこと」(能力をちょっと超えるぐらい)を狙って授業展開しているからだと思う。これはダンスの先生も一緒で、日本のバレエ教室の基礎クラスとか分かり易いけど、ひたすら簡単なことばかりやられても、「その先」に進めない。
というわけで僕の全く知らない単語ばかり使って話してくる先生の質問はいつも分からず、困った顔をしているともっと困った顔を返されてしまったりする。うーん、頑張ろう。というかヒアリングはずっと書くことより難しいです…。

安いwebcamを買って、でもmaccamのwebサイトに「supported」とあるので信用してつないでみたら、うつることはうつるけど世界が全て黄色。黄色のままskypeで友達につないだら、「でも黄色が合ってる」と言われて何も返せない。

Monday, December 11, 2006

Inakiは今回わりに楽しめる

Wienというのはなんだか凄い。Inakiのクラス、今日は7人しかきてなかった。ありえない。ブリュッセルだったらものすごい数のダンサーでひしめいてしまう。僕にとっては本当に有り難い。フロアへの入り方が大分身体で理解出来てきて、いろいろな運動が楽しくなってくる。
夏はあまりにも人が多くて怖い怖いとばかり思ってたけど、Inakiは確かにいい先生で、今日は後半少し体調を崩してしまったので外から見ていたら、よくダンサーの動きを見ていて、ダメなところは必死に(これが怖いのだけど:-))説明するし、頑張っていて出来れば、ちゃんと褒める。

TQでそのまま勉強してたら友人Mに会う。次回作の構想を聞かされて、あまりにも面白く、自分も頑張らねばと思う。

ドイツ語学校にいったら病欠だかなんだか分かんないけど、いつもの先生でなくて、ただひたすら教科書だけを追っていく死ぬほどつまらない授業展開。となりのイスラム系の女の子に「悪い授業」と途中つぶやかれ苦笑いを返し、授業が終ったら「よくない先生」とあまり小さくない声を発して帰っていった。うーん。確か肉屋のトルコ人のおじさんも、僕が眠そうにしてたら、「お金払ってるけどねー」みたいなことをいわれる。明日は前の先生が復活していることを心より祈る。

Sunday, December 10, 2006

what am i doing here? ...i do not know...

what am i doing here, in vienna? actually also for me, it is not sure. i am still traveling... yeah i am exploring, what is my best idea for my life? i don't know... i was talking with my most important friend in japan via skype for a long time on this weekend. i was just chating, but i was really satisfied with this. i think, yeah that is enough for me, honestly. living with sweet people and having fun anytime... but it is not easy to get that, right? struggling on my way here, now without clear goal... just only clear thing is that i need a time. time for fighting with the real world. in economic, in social, in politic... this time is surely necessary. don't you think?
however, also surely, NOW i am fighting and this is not so easily, TOUGH. hope to live all of people together with love in the closing future... i am ok...;)

NY Times:Nobel Winner Warns of Dangers of Globalization

Saturday, December 09, 2006

but then? we have to go...

TQ, Open Lab "Only Words" by Martine Pisani(France)
with André Guedes(Portugal), Michikazu Matsune(Japan/Austria), Martin Nachbar(D?), Martine Pisani(France), Oleg Soulimenko(Russia/Austria), Gerhild Steinbuch(Austria)

テーブル上に裏返しにされた紙片が数枚ある。一枚とり、そこにかかれたタイトルの「作品」を説明する。あたかもそれぞれのアーティストが過去にやったように言うけれども、どれも架空の作品。
自分のアートワークに対する疑問を一行書き、2分間沈黙する。そしてさらに思いついた自分への質問を書いていく。それを繰り返していく。
こうした、「言葉」を用いた様々なリサーチ。9日間やっていたそうで。
言葉が、言語体系や、言葉を発するという行為(生成の瞬間)など、色々なことが絡み付きこういうのはとても興味深い。

最後に見にきた人から質問。"What do you bring back to your production?"と質問されたMartineは、"hmmmm... different ways? or just meeting people... it is difficult to people because everybody so busy.."云々"We can say 'yes' or 'no' easily. But then? We have to go..." ここで「何が」見つかったかを問いかける観客に対して、そうした明瞭性を求める行為に対して逆に問いかける。いや僕もMartineの考え方にすんなり賛同する。

こういうリサーチをさせるTQは本当に希有な施設であると思う。これだけの規模でこんなことをさせている場所が日本にあるだろうか?いやヨーロッパにだって珍しいだろうと思う。

Friday, December 08, 2006

"parole"についての雑誌記載

"parole"について演劇人22号において稲倉達さんが記載してくださった記述を転載させていただきました。こちらでご覧頂けます。トップページからのリンク方法思案中…。

ドロドロの休暇

考えてみたらずっと休暇がなかった。

日本ではずっとアプリケーションの作業に追われてしまっていたし、徹夜でそれを書き上げてからそのまま飛行機に乗りワルソーへ行き、翌日から8日間朝から晩まで休みなしのスケジュールをこなし、最終日にミーティングと最後のパーティー(この時点で死亡していて、"Are you stressed up? I feel that on your body."と友達にいわれる。-sure.)のあとPKS Warsawaから14時間のバスを乗ってWienへ。到着日の翌日から朝のクラスと午後のドイツ語の授業をうけていた。(月曜と昨日はさすがに朝のクラスはスキップしていたけど)

実に3週間ほど、予定のない日がなかった。それは疲れる。精神状態はドロドロで、身体もボロボロ。尾を引いてた風邪が悪化し、昨日は発熱してダウン。

でもついに休暇がやってきた(なんだか分からないけど、今日はオーストリアのナショナル・ホリデー)。

今日は朝から何もしないように心がけ、だらだらwebをみたり、2時間近くかそれ以上か、日本の友達とskypeでダベり続けたりする。近くのZehlpunktにいってチョコレートを買って、食べだしたらなかなか止まらない。疲れたときになる軽度の過食傾向。ドロドロ。でもどうにかどうにか。

夜になったら少し落ち着いて今Gouldをかけてきいてみたりする。風邪は大分良くなってきた。

wienにこれてよかった。ともかく、今は自分の家があり、この街は波長が合う。何というか、オーストリア人というのは、ほどよく真面目で、たとえばそれはラテン系の友人などにいわせてみれば厳しすぎると感じるそうなのだが、日本人ほどの厳格さは無く、僕にとっては心地のいい印象がある。寒いけれども、天気は晴れ間がそれなりに見え、青空を見るとホッとする。

それに何より、どうしても困ったときに頼れる友達が、ここには何人かいる。

今すぐにここで仕事を見つけることはとても難しいことなのかもしれないけれど、例えば3〜
4年のうちにこの街にこして来れることが出来たなら、それはとても幸いだと思う。

そのために仕事をしなくてはならないのだから、今日は、休んで、ぼんやりと空をあおぐ。

Thursday, December 07, 2006

無責任

フランスがインターネットで無料のTV放送をはじめたのでみていたらブッシュ・ブレアの会談後の会見の映像が。むちゃくちゃ無責任な発言に"What a fuck!"と思わず叫ぶ。

Wednesday, December 06, 2006

時間と空間

疑問詞wo wohin woherと、前置詞aus in nachをクラスでやっていて、前とか後とか考え始めたら訳が分からなくなり、原因は動的な図を先生が書いたからなのだけど、ついつい時間を空間的に例える癖を自分も持っていることに気付いてはっとした。
TQでとっているInakiは、クラスは面白いのだけど、とにかく怖いので、常にビクビク。出来ないとものすごく不機嫌になる。努めて明るくしようと試みるけれども、あれやこれややっぱり分からなかったりする。夏に初めて彼のクラスをとったときは、(何もかも初めてだったのからそれはそうなのだけど)本当に出来が悪くて、何度が凄い視線を浴びた覚えがある。でも今回は慣れがある分ましで、たまにほめてくれたりもする。slowly, slowly...
TQで友人Mにあい、少しほっとする。

Tuesday, December 05, 2006

バタバタ

先週の忙しさからどう変わると思ったけど、結局殆ど変わらず。朝クラスに言って、夕方ドイツ語の授業を受け、帰ってきてから夕食を作り、それから復習予習。風邪顔を引いているので、気をつけながら過ごす。
ドイツ語の授業は、当然英語と思っていったら全部ドイツ語で泡を吹きそうになる。一番簡単なクラスと言っていたのだが。けれどもナッシュマルクトに近いこともあって、生徒さんは殆ど働いている社会人(肉屋、洋服屋、コック…)。とすれば英語でやれば公平感がなくなる。

Monday, December 04, 2006

arriving vienna, and photos from pointe 2 point

i was arrving safely in vienna yesterday. here i am in my new home in 3rd district of vienna, so sweet and calm place. i will be staying here until 20th jan. to study germany (language) and take some classes in tanzquartiler.
actually so many things happened in warsaw, but for now i just put some photos from that.






(this scene was cut for the show ;-) )

Sunday, December 03, 2006

wien着

14時間のバスをへてwarsawaからwien着。夜中のpks warsawaは、駅も完全にロックアウトされていて、人気がなく、凍えてベンチにすわっていたら、あからさまな薬中に話しかけられたりする。人が来ても誰も英語が通じず、本当にバス来るのかと思ったら来た。預けられる荷物は一個までだ、多い分6euro払えといわれ、さっそくげんなり。
空路と違い、チェコ、オーストリアと、国境にてしっかり検問。バスに入国管理官が乗ってきて、euのパスはちらっと見て終り、それ以外はオフィスに持ち帰っていってチェックされる。さすがにこのときはドキドキする。
二ヶ月間の我が家は3区で、場所がよく、雰囲気も落ち着いていて安心。さっそくケバブをたべたりする。