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Monday, January 18, 2010

Saturday, January 16, 2010

二年ぶりの日本

二年ぶりに日本へ帰っている。

二年という時間は若い僕にとってはアッという間のものであったが、その間に変わった家族や知人の姿を見ると、やはり感じるものがある。

京都の街にそれほど変化を見ることはないが(なにより支えてくれているパートナーのおかげだが)、それでもどこか違和感と、未だ外国にいるような気分がぬぐえない。特に、つかっていなかった日本語が、なんだかぎこちなく、また具体的によくどもる。

知った仲の人なら構わないが、やはり打ち合わせなどでなかなか、大変。まるでリハビリをしているような気分で日々をすごす。

Sunday, August 09, 2009

つばめ

Montemor-o-Novoにきてよかったと思う。驚くほどにここでは一人で、一日中殆ど誰とも会わないが、今まさにそれが必要だと感じる。
時間がある。

夜、トイレ(半屋外)にいくと、鳥の声がする。見上げるとつばめの家族(5羽)が屋根で寝ている。つばめというのは単独で飛んでいるところしかみたことしかなかったので、なるほど夜はちゃんと群れるのかとおどろく。寝ているさまはピクリとも動かず。
この元修道院の建物には、そのほかズタボロの犬が二匹(今日キッチンになま肉を五分ほど放置してライターを探しにいったらもう彼らに食われていた)、それに鳩の群れ、数百羽はいるとも思われる雀の群れも寝ている。

そして空はアホみたいに青い。

カフェにいってBifanaを食べてたら地元のおじさんたちに話しかけられる。「中国人がこんなところにナンタラコウタラ」と意味不明なことを言われるのでとりあえず「まず俺は日本人だ。」といって適当に逃げる。アア ポルトガル語がもっと喋れたらなぁ、九月からまた本腰で勉強しようと思う。

この元修道院にはちゃんとインターネットがあるので、色々ネットで見る。岡田斗司夫が高橋しんの「最終兵器彼女」を解説しているやや昔の映像があって、大学の授業のように面白く聞く。「これはエヴァンゲリオン以降の漫画で、個人の恋愛と戦争という両極端の事象が描かれながら、国家や民族というその中間が全く描かれていない」という指摘は極めて興味深かった。例えばそれはヨーロッパでもエコロジーなどといった「大きな名前」をもった事象が簡単に支持されながら、路傍のホームレスを人々が無視して通り過ぎている姿に重なる。同じ漫画を引き合いに出せば、吾妻ひでおの「失踪日記」はテクニカルにそうした状況、現在社会にいる多くの人々の目線の高さにあわせながら(具体的には受け入れられ易い絵柄を保ちつつ)、現実の社会問題に読者をうまく誘導できているように感じる。では自分に同じことができるのか?これが大きな課題である。

Friday, August 07, 2009

冷夏

朝寒くて目覚める。どう考えても今年は冷夏だ。
もっと灼熱の大地を覚悟してAlentejoまできたのだから、これは嬉しい誤算だ。

けれども午後市民プールにいくも(17時以降に入ると1.20Eurosになる)、水から出たときずいぶん寒い。

水泳は中学を卒業してからまったくやっていないので、はずかしながらほとんど泳げない。
クロールも、平泳ぎも、背泳ぎもまるで忘れていて、なんだかしっくりこない。
ともあれぼんやり水につかっているだけでも楽しい。まわりは夏休みの子供ばかり。

Wednesday, July 01, 2009

休んでいる暇はあまりない

大変な二週間であったMontemor-o-Novoから月曜日にPortoへ帰還。今後のことはあまりよく分からない。とりあえず例のダンサーは最後の最後でようやくやめてくれた(僕は二日目の段階で「皆の迷惑になるから、やる気がないならやめて」とはっきり申し渡していた)。だったら始めからやめてくれた方が皆迷惑をこうむらず、もっと平和に楽しく仕事が出来たのに。

ドロドロに疲れていたが、休む暇はなく、今日閉め切りのアプリケーションに追われて、今ようやく一息。
スペイン語に全文訳さねばならず、ポルトにすむスペイン人の友人に大きく助けられた。

月曜日にはもうルーマニアで、七月はあと二つ重要なアプリケーションの締め切りがある。簡単にいうと休んでいる暇はあまりない。

Thursday, June 25, 2009

一番高いワイン

Montemor-o-Novoでのレジデンシー、引き続き。
日曜日にInformal Showingをすることになり、みんな少しずつ顔つきが変わる。

僕個人としては来月のルーマニア、また夏以降の作品にむけての素材が色々集まったのでありがたく、それ以上あまり思うところはない。
件のレストランでの食事は「泣きそうになるほど」日々驚きと喜びに満ちていて、正直これでまったく満たされている :)
ちなみにここで出されるテーブルワインはテープルワインというものがどうあるべきかということを体現している極めて美しい味わいがする。
高いワインは豪勢な味がして疲れることがある。

プロジェクトのフルート奏者は以前何かの店を経営していたらしく、彼の唯一の日本人との経験を教えてくれた。観光客であろうその日本人は、彼の店で「一番高いワインを売れ」といい、彼が「一番高くはないがもっといいワインがある」といっても全く譲らず、彼の店に14本しかなかった「一番高いワイン」を数本を買っていったそうである。
資本主義が悪い意味で社会を汚染している日本社会の端的な例だ。同じ日本人として、極めて恥ずかしくなる。

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突然、七月始めのshowがキャンセルされるが、もう何も思わない。ポルトガルに慣れたか、あるいは自分が強くなったか。
ともあれ今はルーマニアの食事が極めて楽しみ :P

Friday, June 19, 2009

草原の真ん中で

Montemor-o-Novoでのレジデンシー。ドイツ人ピアニストの企画で、彼とスペイン人ミュージシャンなどとのコレクティヴ・ワーク。新作かつ自分に演出の決定権がないので何にしても時間がかかり、さすがに忙しい。定められた期間で最大限によいものをだせるか、それが仕事というもの…。

頭痛の種は一人の参加者がまったくのアマチュアで、まず始めは全く仕事にならなかった。現場にきてタバコだけすって帰るというのは、はっきりいって言語同断なので、二日目には夕食の後「あんたがアマチュアでもこれはプロの現場なんだから仕事してもらわな困る」とハッキリ言うが、「私はアマチュアであなたと同じ立場にはたてない。そもそもプロフェッショナルとは何なのか?」などとふざけたことをいいだすので、「そんなことを聞きたいなら今から学校にいって自分の先生に聞け。ここは現場だ。」とさすがに絶叫する。

大変なのは彼女が40代であるということだ。20代後半、プロとして一人立ちしようと僕自身がもがいている状況で、こういう人に向き合うのは正直簡単なことではない。人生は本当に苦難の連続…。

しかしながら、来月のルーマニアのレジデンシーにむけてはいい意味で予行演習になっているとも言える。いつだって100%の理想的な環境などなく、ただその瞬間瞬間にできる限りのことを積み重ねていくほかには、僕たちアーティストが人に求められる作品をつくりあげられることはない。

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しかしMontemor-o-Novoはいつだってその食事に pleasure of lifeを感じる。ここのあるレストランは、それだけでMontemor-o-Novoを訪ねる十分な理由になるほど、激烈になにもかもがおいしい。そしてむちゃくちゃ安い。
(名物店員のおじさんはいつも絶叫早口で今日のメニューを読み上げてくれる:) )

リスボンでアホみたいな値段を払って死んだような食事をし、さらには店員にブスッとにらまれるのと比べると、なんということか。

あるいは8月にレジデンシーをするある施設では、才能豊かなアーティストたちが、素朴に、しかし全くもって先鋭的な作品を黙々とつくっている。その姿勢には、ただアーティストになりたい、言い換えればアーティストという名前がほしいだけで学校へ通う都会の学生たちのいやらしさを忘れさせてくれる。
彼らと友人であることが、僕の喜びでありまた誇りでもある…。


Saturday, June 06, 2009

ヨーロッパ

七月に東欧の某国で仕事がほぼ決まったので、Wikipediaでその国の歴史を少し読む。
80年代に武力による革命があったという話や、その写真は色々なことを思わされるし、アーティストとして責任をもって仕事をしようとシャンとした気持ちにもされる。
ポルトガルも独裁政権が倒されたのは(ポルトガルはカーネーション革命といわれ、武力衝突はおこらなかった)70年代で、ヨーロッパにはこうした歴史の重みが社会のなかにまだ顕在である。

Friday, June 05, 2009

バタバタ

7月も大きい仕事が突然きまり、これでしばらく安泰。ホッとする。

ワークショップも人が少ないことをのぞけば、内容の方は立派。もっと多くのダンサーにこの話を伝えられたらなーとそれだけが残念。やっぱり継続は力というか、2001年からインプロに関しては場数をふんできたので、話すことはいっぱいある。

9月、10月は新作をふくめポルトで舞台にむけて色々と準備。まだ条件がどうなるか不明だけど、これこそが僕がポルトに残ってやりたいことだったから、本当にうれしい。2006年からヨーロッパで死にものぐるいにやってきて、とうとう自分の本領を発揮できる場になると思う。プロデューサーの駆け回りっぷりに頭があがらない。

七月のことでアホみたいに興奮したので、おいしいものを食べたいとCafe Progressoにいく。ほうれん草、ブロッコリー、グリーンピースのキッシュ。クリームもはいっていて、上にチーズをのせてやいている。死ぬほどうまい。もちろん付け合わせの、なんでもないごはんもおいしい。
忙しい時間で、十分も注文をとりにこなかったので、「飯をくいにきたんだ、待つためにきたんじゃないんだ」と従業員に始めおこったけど、おいしいものを食べると気持ちがおちつく。会計のときにその従業員にあやまられたので(これがポルト、リスボンではあやまらないどころか、最後まで横柄な態度をとられたりする)、「大丈夫、大丈夫、おいしかったおいしかった。僕はここがポルトで一番好きだから。」というようなことをしどろもどろと話す。
2007年からたびたびきているが、従業員はまるで変わらない。

Saturday, May 30, 2009

ぼんやり

ポルトへ無事帰るも、少々燃え尽き。ぼんやりしてあまり仕事に手がつかない。
それでも、こうしてぼんやり出来るからこそポルトに住んでいるわけでもあるのだけど。

あ っというまに夏が到来してこちらはすさまじくあつい。すでに30度をたびたびこしている。

来週のワークショップは開催できるぎりぎりの数の参加者がなんとかそろった。
なにせ名前がまだポルトガルでそんなに出ていないのだから、応募者0にならないかすら不安だったけど(もちろんそんな不安を顔に出さずコミュニケーションしてたわけだけど;) )、ちゃんと興味をもってくれた人がいたのだから本当に嬉しい。
それにそのうちの多くが先週のパフォーマンスを見に来てくれた人だった。作品を持って興味をもってくれたのだから、アーティストとしてこれほど嬉しいことはない。ちゃんと支払って頂いたお金にみあったワークショップにしなければならない。でも単純に楽しみだ。

なにより、このワークショップの提案を受け取ってすぐに「じゃあ来月やろうか」と二つ返事で受けてくれたNECには本当に頭があがらない。日本にのこって活動していたら、こんなことが出来ただろうか…。
今はともかく身をけずってでも走り、走って、あれやこれや考え込まずに、ただ出来ることにまっすぐに挑戦していきたい。きっとその後に何かが残るだろうと思う。

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リスボンは今回の忙しい滞在でもはっきりしたけど、やっぱり僕が住むにはつらい。
何がつらいって、カフェやレストランの店員の態度がすさまじくわるい。挨拶をしない、返事をしない、謝らない、お礼をしない、人種差別的な視線をむけるetc。忙しい日々のあいまに、いっぱいのコーヒーを飲むときだけがホッと出来る瞬間だというのに、それがかなわぬところでは息が詰まってしまう。
ポルトの人は(もちろん色んな人がいるけど)、総じて暖かく、礼儀正しく、どこにいっても心地よい。いつか公演の前に急いで初めていったカフェで、カタコトのポルトガル語でパンを二つかったら、おばさんは何も言わずにポテトチップスをおまけしてくれた。「どうもありがとうございます」というと、ニコリともせずに「はいはいまたね」といった感じでかえされる。親切が、あたりまえにあるというのは、やっぱりすごい。

Tuesday, May 26, 2009

なんかもう

2006年からポルトガルで活動を始めて(というより2001年よりアーティストとして活動を始めて)、これまでで一番良い条件の仕事が入る。しかも持ち込みでの仕事だから、嬉しいことこのうえない。

しかしながら、仕事を左から右へとあれやこれやこなしていく日々に終わりが見えず、疲労はかなり限界。打ち合わせのためにリスボンにくると、お金はかかるしストレスはたまるし、うーん。はやくポルトにかえりたいよー。

Tuesday, May 19, 2009

都市からはなれて

Montemor-o-Novoでの一週間の滞在を終え、土曜日にポルトへ戻ってきた。
書ききれないほど多くのことがあった。

都市とは何か、それは常に主たる疑問だった。
草原の真ん中の家に暮らす4才の友人の娘は、「朝よく見る動物は何だ?」という質問に「羊?」と答えた。

多くの人々はおそらく何十年も同じようにくらしていて、それなりに変化もあるのだろうけど、むしろ一日一日の生活をどうするかこそが課題であり、保守的な空気はその土地に極めて調和していた。

人々は優しいが、全くの「異端者」には厳しい。僕は友人の友人であり、ポルトガル語も少しながら喋れる。そうでなければ?

友人に招かれ、小学校の授業で8才の子供たちから色々と日本のことや僕自身のことに質問を受ける。
ブラジルやルーマニア、ギリシャが祖国だと言う子供たち、こんな田舎までも国際的である典型的なヨーロッパの環境ながら、やはり遠く離れた日本は彼らにとっていまだミステリアスなのだ。
さすがに折り紙は彼らにちょっと難しかった。

リスボンでフランス人の友達とフォトセッションをすれば、近所のおじさんや子供たちが話しかけてくる。みんな「面白いものを面白いといえる」から僕はポルトガルの人々が好きなのだ。
(どうして日本はそうでなくなってしまったのだろう?)

そうしてポルトに帰ってくれば、初夏の暑さでキッチンに小バエがわき出している。考えてみれば、我が家にはクモがいない。だからハエがやたらに増える。Montemor-o-Novoでは巨大なクモがいえのすみずみに巣をはっていた。友人は、もちろんまるでそれをそのままにしている。

Wednesday, May 06, 2009

Strangely pretty busy

なんかかんか忙しい という表現がぴったりである。
金曜日にMontemor-o-Novoにむかうので、それまでにポルトでやらねばらならないことをこなさねばならない。
誰か助けてーとさけんでも誰も助けてくれないし、働いた分がすぐにお金になるわけでもない。うーん。

昨日と同じカフェにきたら、昨日もいた同じ友達がいて、バックグランドには昨日と同じくビートルズがかかっていて、思わず苦笑いする。

新しいウェブサイトはもう少しで仕上がる。ずっとオーガナイズされていて、イントロダクションとしては十分。
html/cssの編集の細かさはもとより、短縮した文章を書くのが大変…。

Sunday, March 01, 2009

京都青少年活動センター施設使用有料化反対署名

京都の青少年活動センターが、京都市の財政難を理由に有料化されることが検討されているそうです。
あきらかなことですが、これが実際におこれば現在の京都のダンスシーンは殆ど死にます。おそらくこれから5年10年といった中長期にわたって新しい才能が出てくる(正確にはそうした才能がプロフェッショナルとして成長する)機会を完全に失います。

で、東京の現状を鑑みれば、アマチュアの領域において恵まれた環境をたもってきた京都のダンスシーンが陥没すれば、日本のダンスシーン全体が今後終息していく可能性もあります。

反対署名が、オンラインで出来ます。
http://www.shomei.tv/project-796.html

Thursday, December 04, 2008

じめじめ

今週は天気が悪い。雨ばかりで、雹までふった。さすがにおどろいた。
寒い寒いと思うが、しかし昼間は10度以上ある。こたえるほどではない。

ようやく気持ちが上向いてきた。スペイン人のAが、つめこんでつぶれるんじゃなくて、毎日少ない仕事ででも続けるんだよといっていたのを思い出す。それができればな。

先日メトロの電光掲示板に一月からタクシー料金値上げとでていて、バカみたいに安いリスボンのタクシーもさすがにやってけないのか、と思っていたら、今月からバスまで値上がりしていた。たしか75centぐらいだったのが、81cent、たいしたことないようだけど、いつも10回分まとめて買うので、8.10euroと店でいわれて驚いた。これはちょっと痛い。かといってこの天気で自転車は無理だ。;(

Tuesday, September 30, 2008

あんまり休むヒマはない

夏のSKITe/Sweet and Tender(Porto)が無事終わり(インスタレーション+デュオピース発表)、学校が即始まり(mon.-fri. 10h-17h)、そして今週はバルセロナで先のデュオピースを踊りにいく。
来年のプロジェクトの準備も相変わらず忙しく、また11月に予定している某氏のコンサートのコーディネイトもある。あとスカラーシップの申請もしなくちゃならない…。ポルトガル語の勉強もしたい…。
正直あんまり休むヒマがなく、それでも無理矢理ウィークエンドは何もしない時間をつくったりして何とかバランスをとっている。

ルームメイトはまだ二十歳になったばかりだから、「もう少し学校に集中できる程度にしたら」というけれど、まさかもうティーンエイジャーでもあるまいし、人に迷惑までかけてヨーロッパまで来てるのだから、やれることをやっとかなくちゃならない。

Saturday, September 20, 2008

レヴィナス

 「事物のみに適用される諸範疇から人間を解放しようとする現代哲学の配慮は、静的なもの、惰性的なもの、決定済みのものに、人間の本質たる動性、持続、超越、自由を対置することに甘んじてはならない。何よりも重要なのは、人間が存在の地平を起点としてわれわれと係わることをやめるような場所、つまり人間がわれわれの権能に委ねられることをやめるような場所を、人間に対して見出すことである。(中略)」
 「了解は、存在の開けをとおして存在と係わりつつ、存在を起点として存在者の意味を見出す。このようにして了解は存在者に暴力をふるい、存在者を否定する。暴力とは部分否定である。存在者が消滅することなく私の支配下に入るという事態によって、否定のこの部分性は記述される。暴力という部分否定は、存在者の自存性を否定する。つまり、存在者は私の所有物となるのだ。所有とは、ある存在者が実存しつつも部分的に否定される様相である。(中略)他者との遭遇の本義は、私には対象を所有することができないという点に存している。すでにして私が身をおいている存在の開けは、私の自由の領域のごときものである。然るに、他者が全面的にこの領域に組み込まれることはない。他者が私と出会うのは、存在一般にもとづいてではない。他者のうちにあって、存在一般にもとづいて私に到来する要素はどれもみな、私による了解と所有に供される。他者の歴史、その環境、その習慣にもとづいて、私は他者を了解する。しかし、他者のうちで了解からこぼれ落ちるもの、それこそが他者であり存在者なのだ。私が存在者を部分的に否定しうるのは、存在一般にもとづいて存在者を把持し、それによって存在者を所有する場合に限られる。他者とは、その否定が全面的否定、つまり殺人としてしかありえないような唯一の存在者である。他者とは私が殺したいと意欲しうる唯一の存在者なのである。」
 「私は殺したいと意欲しうる。ところが、この権能は、権能とは正反対のものである。この権能の勝利は、権能としてそれが敗北することである。殺したいという私の権能が実現されるまさにその瞬間、他者は私からすでに逃れてしまっているのだ。たしかに私は、殺すことで、ある目的を達成しうるし、獣を狩ったり射止めたりするのと同様に、樹木を伐採するのと同様に、殺すことができる。しかし、私が殺しうるのは、存在一般の開けのなかで、私の住む世界の構成要素として他者を捉え、地平線上に他者を認めたからである。私は他者を正面からは見なかった。私は他者の顔と出会わなかった。全面的否定への誘惑は、全面的否定の企ての際限のなさ並びにその不可能性の尺度であるが、かかる誘惑こそ顔の現前なのだ。他者と対面の関係を持つこと、それは殺せないということである。それはまた言説の境位でもある。」(「存在論は根源的か」合田正人編訳『レヴィナス・コレクション』より

Monday, August 11, 2008

Wired VIsion: グルジア情勢:米国が育てたグルジア軍とロシアの闘い

Wired VIsion: グルジア情勢:米国が育てたグルジア軍とロシアの闘い

ロシアは、この地域の分離独立派を支持することで緊張を高めてきたが、一方で米国も、今回の戦争に関して公平な監視役にはなれない。米国軍は何年もの間、グルジア軍の訓練や装備に協力してきたのだ。
米国政府は2002年の初めから、グルジアに対して、軍事面で莫大な額の支援を提供してきた。米国からグルジアへの支援はまず、『Georgia Train and Equip』(グルジアの訓練・装備)計画という名目で始まり(これは表向き、パンキシ渓谷にいるアルカイダ勢力に対抗するためのものと言われた)、その後は『Sustainment and Stability Operations』(維持と安定の作戦)計画へと引き継がれた。

Monday, August 04, 2008

休暇三日目

今日は休暇三日目。
大分調子がよくなってきたのを感じる。具合の悪いときは、考えすぎて何も手が付けられなくなる。
朝から、大分気持ちが落ち着いている。

仕事のメールを書いて、それからドイツのレコード会社に直販で注文したCDの代金を振り込む。
ドイツ人のスタッフからのメールはやたら気さくだった。

昼ご飯にご飯をたきつつ、その合間に汚れきったシャワーユニットを掃除。
今週の土日にフランス人の旅行者が泊まりにくるのだ。彼は大阪に住んだことがあるらしい。

昼間はさすがにこちらも暑い。しかし朝晩は肌寒いほど冷え込む。

Sunday, August 03, 2008

休暇

さて休暇である。昨日は休暇一日目。

朝からMedia Marktにいくために、Benficaスタジアムへ。バカでかい建物。必然的に「税金の無駄遣い」という言葉がうかぶ。すぐそばには新築のマンションがあり、売り出し中と大きく貼り出されているが、人気がさっぱりない。試合のたびに騒音で寝れなくなることは明らかすぎるほどだ。帰りにカフェでコーヒーを頼み、おじさんに「5centあるか」といわれ、つい反射的に「ない」と答えたら舌打ちされる。

昼にすうどんを作って食べる。

アニメーションをつくってみたいなぁと思っていたので机にむかってみるが、空回り。やっぱり今は何もしない方がいい。

リヴィングの缶詰などを置いているシェルフで蛾のような虫が繁殖しているので、夕方、窓を閉め切り、扇風機をまわして、殺虫剤をまく。一、二時間そのままにして見に行くと、でるわでるわ死体の山。掃除機で全部吸い取る。すっきり。

ワインを飲んでYouTubeを見ていたらいつの間にか寝る。休暇だ。

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朝、しみじみ思ったが、こと家に関しては僕は本当にラッキーであったと思う。キレイではないが、なにせこの家はシャワーも広いリヴィングもちゃんとあるし、こまごまとした家電、家具まである。洗濯機、冷蔵庫、カウチ、ベッド、机…何一つ買わずにすんだ。