Wednesday, December 27, 2006

danceWEBレポートの前書き(みたいな)

これをレポートの前にのせます。英訳して、オフィスにわたすレポートにもします。

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 5週間という集中プログラムで、私は何を学んだのか。様々なワークショップで教えられた多種多様なダンステクニック/スタイル?ヨーロッパで現在大変人気のある様々なアーティストのパフォーマンスを見ることによって知った、これからの現代パフォーミングアートの可能性?もちろんそれもあります。けれども、僕が第一に挙げたいことは、2006年の夏、ウィーンで出会った全ての人々から教わった、暖かな心のあり方だろうと思います。
 5週間のプログラムで、64人の参加者は、STUDENTHAUS(シュトゥーデントハオス)という学生用集合住宅で共同生活を行いました。2棟の建物の各フロアに8部屋、2部屋ごとにシャワーとトイレを共有し、概ね一人で一部屋を使用。但し例年より増加した参加者のため、一部では二人で一部屋のところもありました。キッチンは一フロアで一つ。(贅を尽くしたホテルのようではありませんが、京都の学生アパートになれた自分にとっては部屋の広さも設備もとても素晴らしく思われました。)
 そこで毎日、僕は、隣部屋や同フロアの友人と話したり、或は屋上で酒を買わしたり、一ヶ月間そこでの「暮らし」をともに楽しみました。こうしたアコモデーションや、ワークショップの会場、パフォーマンスの行われた劇場などにおいて、僕らはいつでも、プログラムについて、或はワークショップ、パフォーマンスについて、感想や意見を述べ合ったり、お互いの芸術のバックグラウンドや、各々の国のアートシーンについてなど、屈託のない会話をしていました。
 20代前半から30代前半までの参加者は、それぞれ異なった経験を持ち、そのおかれている経済的状況(ダンスで既に食べているのか、いないのか、またどうやって)や社会状況(どういった評価を受けているのか、また各々の国の政治・芸術状況からどのような視線を浴びているのかなど)も様々であるということ。皆との会話の中で僕はそれをゆっくりと知っていきました。しかし、こうした会話の中には、相手をそうした、いわば「ラベル」のようなものによって、蔑んだり、変に褒めたたえたりするような態度は決して露になることはありませんでした。
 私たちがワークショップに参加するとき、私たちは自分で自分のレベルを推し量って、クラスに付帯するBASIC(基礎)、INTERMEDIATE(中級)、ADVANCE(上級)、OPEN(オープン、どのようなレベルの人も)といった難易度も選ばねばなりませんでした。あるいは、コーチングプロジェクトと呼ばれる振付家・アーティストとの1〜2週間に渡るより集中的なプログラムに参加するには、プログラムの参加者のみならず、他の公募されたダンサーも含め、希望者が事前に先行され、当然落選する場合も少なくありません。これらは、より明らかに互いの違いを見分けられる「ラベル」といえます。こうして、さらに分かり易い「ラベル」が各自に与えられたもかかわらず、それでも、そうしたことを基に優劣をつけているような意識は、互いの会話で一度も感じられませんでした。
 僕がこうしたことを強調することが、とても恥ずかしいことだと言うことは、もちろんよく分かります。こうしたことに気付く時点で、僕の中に、こうした「分かり易い違い」を基にした差別意識が少しでもあるということだからです。しかし僕にとっては、幼い頃から「勉強」することを良しとする価値観を与えられ、先頭に立つように追い立てられてきたことから、自分が今何処にいるのか、そういった自己中心的な発想を断ち切るのは、なかなか容易ではありません(これは少なくとも日本で「学校」というシステムを通過してきた人であれば、いくらかは理解出来るであろうと思います)。ですから、ウィーンでの皆との会話において、いつもその底に流れる「相手へのリスペクト(敬意)」には驚きさえ覚えました。
 そして私はこうしたリスペクトを、参加者のみならず、プログラムやフェスティバルのスタッフ、またプログラムのアーティスティックコーチの二人からも感じることが出来ました。コーチのマチルダ・モニエのことは本当に忘れられません。彼女のキャリアは、既に私たちよりも格段に評価されていますが、彼女はそれを鼻にかけるようなことはせず、私たちに対していつも正面から向き合ってくれました。言い換えれば、何か「教えを諭す」ように上から下に伝えるのではなく、彼女はいつも同じ視線の高さを持っていました。ある時「サロン」と読んでいた私たちのミーティングで、そのために使用する部屋が、他のダンサーのリハーサルで使われていて、時間になってもなかなか入ることが出来ませんでした。私が来た時彼女は廊下に参加者の数人と円になっていて、まさに車座のように皆と親しげに話をしていました。とても印象的な風景でした。
 あるいはプログラム及びフェスティバルのダイレクターは、あるサロンで、「これだけ踊らないダンスが舞台上で山ほど上演されているのに、ワークショップではまるでフィジカルなことをさせるのか。」という手厳しい質問に対して、「私たちもそうした状況は理解している。しかし、私は今の状況はこれからまだ変わっていくだろうと思っている。」とやはり私たちと同じ目線に立って返事をしてくれました。(しばしば日本ではこうした状況で同様の立場の人は、まず組織としての体面に即した発言をすることがあるように思われます。ここでダイレクターは、参加者個人の意見に対して、彼個人の意見で返事をしていたことに、私は驚きと心地よさを感じました。)
 挙げだしてはきりがないほど、様々なことがありましたが、繰り返して言えば、常に私はウィーンでの人々との会話で、その底に、「相手へのリスペクト(敬意)」を感じました。この「相手へのリスペクト」は、他者の「可能性」に対しての積極的な姿勢と読み替えることができると思います。様々な分かり易い「ラベル」に表彰されている何か、例えば地位や技術、経済的状況、国籍、人種、母国語と言ったもので指し示されている何か、を超えて、自信の認識に含まれない何かが他者の存在にあるかもしれない。そうした可能性(現在においても未来においても)への積極的立場。つまり、他者へ開かれた心(オープンマインド)の有り様です。
 プログラムがまさに終ろうとしている時、イスラエルから来ていた一人のダンサーがとても印象的なスピーチをしてくれました。彼は、イスラエルで大変有名なカンパニーで働いていた経歴を持ち、大変素晴らしいテクニックを持った優秀なダンサーでした。
 「正直、僕はプログラムの始め、大変失望しました。なぜなら、(クラスが)上級と言っているのに、期待していたようなレベルではなかったからです。けれども、時間が経つにつれて見方を変えていきました。皆とともにいる中で、そこでともに楽しむこと、喜びを知ることに気付いていきました。それは(このプログラムの)人々のおかげです。」
 他者のことを容易に「分からない」故に、他者を消極的に捉えること(差別)はとても悲しく思います。元々他者は私ではなく(私は他者との縺れ合いであり、運動であり、他者に住むが、他者にとどまることは出来ない。持続によって。)、共通の手がかりが多かろうが少なかろうが「分かる」ことは出来ません。いずれにせよ他者の志向に近づくことは、時間がかかり、それが長いか短いかだけの違いなのです。しかし他者が私でないということは同時に、他者が常に私の認識を超えた可能性を豊かに持っていることを指し示しています。ですから、他者への志向に近づく道のりに途方に暮れ、門を閉めてしまうことは、他者への可能性を見失い、自己の認識に隠れ込んでしまうことです。いわば自慰行為です。しかし、長い道のりを行くことよりも門を閉める、つまり自己の現在位置周辺から大きく離れるという行為よりも留まることの方が、より容易である故に、そうした行為(差別)が世の中に少なくないことは事実です。
 ウィーンでのプログラムが終わり、その後フランス、ポルトガル、ベルギーと渡った後、僕はオランダ、アムステルダムへ歩みを進めました。そこで、先のイスラエル人の友人と再会することになりました。彼はたまたま立ち寄ったオランダで、偶然キャストが降りたプロジェクトのオーディションに参加することになり、見事代役として仕事を得て、パフォーマンスに出演していました。パフォーマンスの後、滞在させてもらっていた友人(彼も同じプログラムに参加していました)とご飯を一緒に食べようと誘い、後日夕餉をともにしました。仕事を手にした彼と、あても無く放浪している僕が、2か月ぶりに再会した時、それでも僕らは、そんなことを気にせず、ただ友人に再会出来たことを喜び合いました。
 danceWEBで出会った人々の姿勢は、決して私たちの間に「分かり易い違い」があろうとも、つまり互いの理解への道のりが長くなることが予想されようとも、その始まりに於いて、ともかくも門を開けること、「相手へのリスペクト」を持ち、暖かさ、積極性を他者への向かい合いの底に満たそうとすること。それは実際のところ(とても悲しいことではありますが)貴重な、まるで豊かな心の有り様です。そしてその姿勢は、私が彼・彼女たちとの会話で行えたように、向かい合う相手にもそうした心の有り様を促すものです。つまりこうした姿勢は、お互いを助け、豊かな心持ちで共に暮らし得る可能性をより多くもたらしてくれると思うのです。
 danceWEBは、これからプロフェッショナルな道のりを歩み始めるアーティストに対して最初の一歩を与えることを重要な理念としています。しかしプログラムを通じて教えられたその一歩は、よく考えられるような、盤石なテクニックでも、アーティストとしてセルフプロデュースしていくためのビジネス精神と言ったものでもありませんでした。世の中には色んな人がいるということ。色んな生き方、色んな境遇、いろいろな哲学…。そうした違いを当然と思い、そこに暖かさを持って思うことによって、共に生きていこうとすること。それが、社会に在り、社会との関係によって初めて成立し得る「芸術」を作り続けていく、プロフェッショナルアーティストには必ず必要である。danceWEBは、私たちが仕事する上で最も大切で、忘れてはならないことを教えてくれました。

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もうちょっと修正するかもしれませんが、ようやくほぼ書き上がりました。

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